”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第5回】(終)

プログラマ探偵(PG.D)」【第5回】

Day2【後編】

 

木崎は少し迷ってから、携帯に入れてある香奈恵の写真を来来に見せた。携帯の木崎香奈恵(きざきかなえ)を見て来来は思わず

 

「ああっ、そんなことってあるんだ」

 

といってから、うろたえ、もだえた。偽名で来来と解解を陥れた人が先輩の妻というのは、衝撃的な事実だった。そんな来来の反応に木崎は

 

「すこしは、お世辞でも言え」

 

と言って笑った。良くも悪くも来来の意図は木崎に届かず、来来は取り直して応える。

 

「美人ですよね。本当に、銀行以来だったけど覚えてましたもの」

 

「はあ、銀行って何のこと」

 

「いや、たいしたことでは」

 

口を濁す来来に、さすがに、木崎も来来の言動に含みがあることに気づいて、

 

「なにか、言いたいのか? はっきり言いたいことがあるなら言え」

 

と声を荒げた。周りが一瞬静かになる。声を落としてといった後、来来は混乱しながらもとにかく話してみることにした。

 

「いや、銀行で仕事したときに合っただけですよ、ただ、そのときは曜(よう)さんだったんです」

 

「はあ、似ていたとかじゃねえの」

 

「いや、見間違いじゃないと思います。声も聞いていますから」

 

木崎は来来が食堂のテレビの声が良いだ、いまいちだと突っ込んでいたのを思い出す。

 

「そうだとして、何が問題なんだ」

 

「何がって、偽名で名乗って、名簿を盗ませたんですから」

 

木崎が黙り込む。なんだか本当に物騒な話になってきた。慎重に言葉を選んで口を開いた。

 

「良くわかっていないが、実際のところを知る必要があるようだな。まず、確実なことだけ教えてくれ。そして、推測も」

 

ひとしきり、これまでの解解、来来の体験と、推論を来来は息もつかず話した。なぜか話せたと来来は感じた。木崎が良く聞いたからである。一通り聞き終えた木崎は、携帯を取り出して、すこしためらいながらも、解解に電話を掛けた。

解解、来来、木崎夫妻が一堂に会したのは、東京ドーム右翼外野席最上段、イベントが見下ろせる場所だった。眼下のミバリ・ビバリメモリアルイベントはというと、開始からおよそ1時間、トラブルもなく、予定曲数の半分を折り返したところだと、解解と、香奈恵が確認しあっている。

 

「あいつら、何で進行を気にしてるんだ」

 

木崎燐光は状況に対する自らの不明にいらだちを隠せずにいた。来来はノートパソコンいじりにかかりきりになっていた。

 

「まだ、なにかあるのか」

 

少し離れている香奈恵たちに声をかける。

 

「いいえ、ないけどちょっと気になってね、もうすぐ始められるから」

 

香奈恵が手を振りながら答える。

 

「おう」

 

燐光は小さく手を振ると、深呼吸をして気分を落ち着ける。落ち着いた燐光は、改めてイベントに来ている人たちに目を向けた。手にした柿ピーを手づかみでむさぼる。缶ビールは持ち込めず、ドーム内ではコンサートでの貸し切りのせいで売っていなかったので、飲み物はスタッフ用のインスタントコーヒーで至極つまらない一人飲みになっていた。

 

「親父たち、まさか気づかないよな」

 

照明がステージに当てられ、観客席はもちろん、外野席はステージの光のみ、いや、来来や解解のノートパソコンで来来や解解の顔はほのかに照らされている。けど、燐光は観客がこちらに注意を払うはずもないだろうと思い至る。ここはあくまでも裏方の位置で、ステージ正面向かいだからだ。

 

「よし、始めよう、何から始めようか」

 

離れて座っていた解解と、香奈恵が燐光の席に向かってきた。香奈恵が燐光の右に座り、その右に解解が座った。来来はずっと左に座っている。

 

「まず、解解たちの話は聞いている。香奈恵、にわかに話を聞いた俺にもわかるように説明してくれ」

 

香奈恵は、うなずき手に持っていたオレンジジュースでのどを潤してから、咳払いをしてから言った。

 

「はじめに言っておきますが、名簿にかんして、これは犯罪にはなりません。だって、銀行はもちろん、霞ヶ関さえ黙認している事なのですから」

 

「いや、実際に目的外利用しているんじゃないの」

 

解解がかえすが、香奈恵は気にとめない。

 

「名簿は会員受け付け終了時の処理で消去済みですから、確認することはもう出来ません」

 

燐光が腕時計を見ると時間は午後8時15分になっていた。香奈恵は頑なに前を見ていた。

 

「香奈恵、わかるようにはなせや」

 

木崎燐光としてはここぞとばかりに怒鳴ったのだが、コンサートの喧噪に押されて解解にはあまり聞き取れなかった。だが、みんな押し黙ってしまったので、解解なりに話をつないでみることにした。

 

「まず確認していいかな」

 

となりの香奈恵がうなずき、解解は続ける。

 

「まず、不倫というのは嘘。そもそも、某部長さんとのメールのやりとり自体無かった」

 

「そんなあ」

 

来来が割り込もうとするのを燐光が手で制すと、そのままと言うままに続ける。

 

「来来君がみたのは受信メールだけで、コピーしたのも受信メールのさん送信分だけ。某部長の送ったメールは全く見ていない。おそらく部長発信メールの返信に見せかけたメールを送りつけてあったんでしょう。さらに言うと、来来くんに不倫を信じさせようとしていた証拠がある」

 

一息ついて、解解は続ける。

 

「あなたが、木崎香奈恵がわざわざ来来くんと会ったこと。こうして会ってみれば明白ね。あなた泣きぼくろが魅力的だから、来来君の誤解にも納得したわ。結局は墓穴を掘ったけど」

 

「まあ、正解ね。男が女を見れば考えることはありきたりだけど、確実に色恋沙汰。魅力云々ではなくてね。あからさまでも、わかりやすい意味付けしたかったの」

 

燐光が口を挟む。

 

「それ、本気で言ってるのか」

 

いえ、受け売りよと香奈恵は少しよそよそしく答える。燐光はそれ以上追及しなかった。皆が静まったのを見て取り、解解は続けて香奈恵の発言にふれる。

 

「本筋に戻るけど、名簿持ち出しの意味についてもう少し詳しくお願いできるかしら」

 

木崎香奈恵は三人の顔を確認すると、

 

「そうねえ、しごとだから。そういうことを聞きたいんじゃないのよね。誰もが一度は口にする可能性を検証するために必要だったからよ。察してよ」

 

木崎香奈恵は核心を話すことをまだためらっていた。再びの沈黙に今度は来来が暴発した。

 

「可能性を検証じゃ何もわからねーよ。ちゃんと言えよ、裏切り者が」

 

さらに痛々しい沈黙が続く。

木崎の二人には意味不明だよねと解解はため息をつく。

来来はっきりとは言わなかったが、曜さんに甘い推論ばかりしていたのはそういう感情を抱いた故と図らずも確認した。さらにまくしたてるかと来来の様子をうかがうが、もっとも、当の本人は後の祭りと悟ってかまた黙りこんでいる。

 

「俺が、察するには」

 

燐光が探るように口を開く。

 

「俺の両親が実は金持ちに分類される存在と知りながら、どういうわけか」

 

燐光はしばらく押し黙った後、

 

「詐欺まがいのたくらみに放り込んだというところなのか」

 

言っといてなんだが、あんまり危機感ないけどなと燐光は付け加えた。

 

「ご両親はきっと賢明に判断されるとは思うけど、息子として助言したいのよね。婦人の行為はきっと身内を信じているから」

 

「それはきれいすぎて聞けないな」

 

解解の取りなしを燐光ははねつけた。が、解解はすでに暴走していた。

 

「半ば都市伝説みたいに言われる話で、団塊世代はかね持ちだから、うまく乗せて金を使わせば景気が良くなるなんて聞いたことないかな、まじめに実験することは出来ないと普通は考える」

 

機先を制され木崎燐光は不機嫌そうに解解を見つめる。

 

「普通じゃないのが、経済産業省のとある部署。団塊世代の金をむしりたい大企業を集めてあるモデル事業を始めた。表向きは、ミバリ・ビバリを使って立体映像の商業化を目指すモデル事業、裏を返すと、ミバリ・ビバリを使って集めた団塊世代のお金持ちに金を吐かせるハウツーの競演なのよ」

 

そこまで言い切ると、解解はペットボトルのジャスミン茶でのどを潤すと、眼下の観衆を一別し、さらに続けた。

 

ああ、哀れにも集められたう飼いの鵜たち。

 

解解は立ち上がると木崎燐光に向き直り、大げさに左腕を差し上げて、観衆を示した。手を胸に当ててさらに続ける。

 

「事業成功には、肥沃な市場、金を持っていてどん欲な顧客が必要なのは当たり前。飲んで無ければ吐きようもないよね。だから、銀行の高額預金者名簿が持ち出され、この祭りで振り分けられ、入場時に加入させられたポイントネットワークによって、欲望の分捕り合戦の火ぶたが切って落とされる。事件が起きるのはきっとこれから。そこの御婦人はそういう企みに私たちを組み込み、苛んだ」

 

ちょっと待ってと木崎香奈恵が待ったをかける。

 

「はっきりいっておくけど、名簿の持ち出しはしてないわ。銀行自身による顧客名簿の用途外利用が表面化しない仕掛けを巡らしただけで、銀行が名簿を安心して出来る手伝いをしただけにすぎない。そして、ポイントネットワークの名簿が完成した時点で、元の名簿が消去されたのは解解さんも確認してたはず」

 

来来が思っていた以上に解解の反応は迷い無く力強かった。

 

「ええ、私は当事者として、告発よりは現実的事態の収束をよしとしただけの事よ。表面化しない仕掛けというのは、使い古された事件の見出しに納めるための、預金保険機構向けデータ作成プログラムの不正動作による顧客名簿窃盗偽装と、事件を彩る不倫の偽装ね。両方ともあくまでもおとりだったてことかしら」

 

「ええ、あくまでもふりだけだった」

 

「運び出しはなかったということでいいのかしら」

 

「あなたたちに見せる見せデータ以外は無かったわ。添付データは本物だったけどごく一部に過ぎなかった」

 

一同は黙り込んでしまう。問いただすべき事が無くなったからである。

 

「すいません、お二人さん」

 

来来が右手を挙げて、解解と香奈恵を交互に見ながら、気になっていたことがあるのですがとある疑義について話し始めた。

 

「木崎夫人は以前から僕と解解のことを知っていたんじゃないですか」

 

僕は覚えがありませんがと勝手にぼやく来来に、木崎香奈恵はすこし首をかしげると、

 

「まあ、話で聞いていたわ。燐光(りんこう)が変な部下が出来たって昔に。ところで、どうしてそう思ったのかしら」

 

いやいやいやと、解解が割り込んできた。

 

「どうしってて言った時点で負けです。あなたの。秘め事が葬られるこのタイミングでこの四人が話し込んでいる状況は、あきらかにあなたの願望が叶えられた瞬間だからです」

 

「なら、あえて聞きます。その願望ってなにですか」

 

「そうですか、なら答えます。共犯者が欲しかった。そして、一緒に安心したかったんですよ」

 

そうですとボソッとこたえると、香奈恵は天井を仰いだ。

 

「すべき行いではないとわかっていました。それでも」

 

「それでも」

 

「話しておきたかったんです。わかる人にそして、わかってもらえた」

 

「はあ、そこまででいいよ。もう謎解きはおしまい。そろそろ仕事に戻りましょうかリーダー」

 

というと、解解は香奈恵の手を引いてさっさと外野席を降りていってしまった。その件について話すことは結局二度と無かったし、話すべき状況もまだ起きてはいない。

 

その後、解解は木崎香奈恵とメールをやり取りを始めたが、内容については来来に話すことはなく、来来と木崎燐光とのメールについて解解に話す事もなかった。空騒ぎに終わった「預金者名簿窃盗騒動」の言い出しっぺとしてこの状況は

話す勇気と話さずにいる決意がお互いに備わっていると信じればこその沈黙であると来来はとりあえず思うことにした。

 

おわり