”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】未恋たらたら【第三回】(終)

【既刊再掲】未恋たらたら【第三回】

 

「いらっしゃいませ」と招き入れてくれた瓦斯灯は長崎に有るのに東京みたいなきれいな言葉遣いするなあと良が思ってると、いっしょに来たかなえが、ジャケットを持ってきた。

「一応紳士の集う店ということにしてるから。着て。それに店は寒いからね」

といってわらうかなえ。余裕を感じさせる。半袖ポロシャツの上にジャケットを着せてもらった良は周りを見回した。ほとんどが常連さんのようで、同じジャケットを着ているのに、ぴしっと決まっている。

「こちらへどうぞ」

新たに現れた女性につれられて、席に着く。

「なにをお持ちしましょうか」

「一見さんコースで。とりあえずビールを」

「はい、しばらくお待ちください」

取り残された良が渡されたおしぼりでクロワッサンを作っていると、かなえが戻ってきた。

「どう、慣れそう? 辛気くさいよ。お客なんだからさ。もっとそう、落ち着いて。みさおすぐくるって。適当にやってよ。」

ということでビールと飲みつつ、良の身の上話を聞くかなえ。的確にうたれる相づちや、目元、いや、良は気づく。声がいい。優しさを感じる。聞き惚れるというのは俺に取ってはこの声なんだろうと思いながら、ふと前を見ると、真っ赤な、それも深紅の黒ずんだ血のようにさえ見える長めのドレスの女性がまっすぐ向かってきた。みさおだった。

「いらっしゃいませ。東京から来られたそうで。ぜひぜひ、楽しんでくださいね」

上品な格好で親しげに話かかけられて、愛想笑いをする良がいた。他の席で呼ばれたらしく、さっさと行ってしまった。後ろ姿を目で追う良にかなえが腕を組んでくる。

「姉さんって、いいよねえ、ほれぼれしたでしょ。高志はついているって思わない?はい、そこまでものほしそうにみない。さ、つづきをきかせてよ。」

少し身をよじる良。拒絶ではなく受け入れるために体制を立て直す。

「どう、いいでしょ。夏の冷やしでございまーす」

人肌が心地いい。夏場にはあり得ない感じが刺激的でもある。

「うん、いいねえ。でも、みさおさんってほんとのところ一人なの?」

「絶対ではないけど間違いないわ。だって、彼女犬を飼ってるの、何匹も、大型犬ばかりをね」

 

それから2時間ほど経って、良は両手いっぱいの緑茶ペットボトルを抱えて部屋へ戻ってきた。酔いを醒ますには緑茶が一番というのが彼独特のの健康法だ。高志も鳥の皮を残す健康法やつま先歩き健康法などをやっているのを見かけていたので別に何ともない。高志は、パンツに靴下という姿でベットでの寝そべりながら携帯電話をもてあそんでいた。

「お茶、飲むか」

帰ってきたのに目を合わそうとしない良を気にしている風もなく高志に話しかけた。

「のどかわいたな、飲むよ。もう戻ってきたのか。夜はこれからだって言うのにさ。まだ8時だよ。」

良は備え付けのコップに緑茶を注ぐと、枕元の電気スタンド下に置いた。

「なあ、高志、気になって仕方がないことがあるんだけどさ」

「うん、メールも無しか」

「なんで、こんなことを思いついたんだ」

「東京と同じのしかやってないよ、テレビ」

「なあ、聞けよ」

良は壁を殴った。

思わず大きな音がしてびっくりする二人。

しばし、沈黙する二人。

「別に特別なことをしようという訳じゃない。先へ進むにはけじめが必要だって気づいたからさ」

「けじめさえつけばいいのか?むこうはなかったことにして生きてるんだろ?彼女は今輝いてる。俺のような半端に生きているやつに取っては憎たらしいほどにな。受け狙いでやるならやめた方がいい。みんな傷つく」

「わかっている。ナンセンスで、バカな思いつきだって。でも、先に行くにはこれしかないんだ」

それから、二人は緑茶流し込み続けた。

あからさまな居心地の悪さを表明するかのように。

そして、携帯が鳴った。かなえからだ。みさおこと大西恭子が店を出る知らせだった。

高志と良は身なりを整えると、タクシーで稲佐山へ向かった。

 

「夜景は素晴らしいな。そのままで素晴らしいからな」

良は長崎の夜景を車窓に見ながら言った。続けて言う

「さっきは突っかかったけど、しっかりやれよ」

タクシーが停まる。待ち合わせの展望台前についたのだ。ドアが開く。目を合わそうとしなかった高志が、言った。

「ああ、正々堂々と行くさ」

高志は一人降りて恭子のもとへ歩いて行く。恭子は一人で待っていた。展望台のど真ん中で。

「やあ、久しぶりって、わかるかな、高志だよ」

高志の声に振り返り、考えるかのように頭をかしげる恭子。

「誰でしたっけ。うそよ。でもいきなりの連絡でびっくりしたわ」

「そう、偶然って、あるもんだね」

夜景の方に向き直る恭子。

「嘘。全部聞いたわよ」

「じゃあ、わかってたんだ」

「そう。全部よ」

念を押すように恭子は高志にささやく。

高志に恭子は向き合って、

「結婚してくれ。いきなりだが、それしかないんだ」

といって、指輪を差し出す。

恭子は指輪と高志をじーっと見つめてから、

「ほっといて。昔のことは何とも思ってないし、今でも卑怯者のままのあなたには興味ないわ。ほっといて」

と言うと、夜景の見える展望台のふちへ歩いて行く。

「待ってよ。卑怯者ってなにさ」

高志は追いすがることも出来ずにただ立ちつくしていた。

 

しばらくして、良と一緒にいた京子に電話がかかる。

みさおさん、もう帰るって」

「で、どうだったって、なんか言ってた?」

「ちゃんとおとしまえをつけたそうよ。あっさりしたもんだわ」

「タクシー呼ばなくていいのか」

「いいのいいの、パパタクシー呼んであるって言ってた」

「そうか。酔狂な亭主だな」

「まあね。それより、高志くんを迎えに行かないと。さ、さ、行こう」

「おうよ」

缶コーラを飲み干すと、良はかなえと高志を迎えに展望台へ

向かって行った。

 

次の朝、良が目を覚ますと、一緒に帰ったはずの高志は部屋に

いなかった。荷物もなくなっていた。

枕元のテーブルに置き手紙が殴り書きされていた。

 

 

 

 

実家から帰ります。

後は勝手に

 

ど う ぞ

 

たかし

 

 

 

 

ひとしきり置き手紙を見た良は、シャワーを浴び、身支度を整える。

部屋の荷物を片付け、チェックアウトする良。

ホテルのロビーで、一息つきながら、

「まいったなあ」

とぼやきつつ、かなえに電話をかけた。

「高志、実家に逃げちゃってさあ」

「さあ?」

「今日、つき合ってくれない、かなあ」

「かなあ?」

「今日一日、デートしてください」

「・・・・」

「お店にもちゃんと行きますから」

「もちろん。長崎駅前に10時、車で来てね」

良は小さくガッツポーズした。