”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第4回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第4回】

Day2【前編】

 

男は、ボトルコーヒーをコップに注ぐと、帰宅直後に立ち上げておいたノートパソコンを開いて起動パスワードを打ち込んだ。起動完了までの間に、郵便物を整理するのが木崎燐光(きざきりんこう)帰宅後のいわば事務作業だ。マンションを買ってさらに家も買えってかとつぶやきをコーヒーで流し込むと、宛先は切り抜いて、シュレッダー横の箱へ、残りは古新聞入れに入れていく。パソコンが起動すると早速メールの整理を始めた。木崎宛のメールも例によってほとんどがスパムメールだ。スパム振り分けツールの結果も、3対51でスパムの圧勝のようだ。便利だとは思いつつも、木崎は、タイトルも見ずにメールを捨てるほどスパム振り分けを信じていない。通販サイトのメールのように同じ発信元で購入確認と、

スパムメールを送ってくることもあるからだ。

 

携帯がメールの着信でふるえた。即座に内容を確認する。父からのメールで、内容は父と母で、今週末に上京するから土日を空けとけとだけかかれていた。あったら面倒だと思っていた金曜日の夕方の早退はなくなり、土日に両親の接待するところで落ち着いて、燐光は安堵すると、冷蔵庫からソーダを、食器棚からウイスキーを取り出して、ハイボールを作る。

 

10月の頭に上京すると言いだしてから半月のあいだ、両親は上京カードを出したり引っ込めたりしていた。接待するなら、香奈恵の両親の相手よりは気楽だが、なあなあで話を進めてくるので毎度予定が狂い、そのたびに燐光はいらいらさせられていた。さらに年末期限で年末進行確実のプロジェクトが進行している状況の先延ばしは、「踏んだり蹴ったり」を思わされ、なおさらにいらいらしていたのだ。

 

メーカーの景品のグラスに気持ち多めにウイスキーを入れ、ソーダをそっと流し入れる。氷を入れて一混ぜしたところで、香奈恵(かなえ)が帰ってきた。

 

「午前様、ご苦労さん」

 

ええ、と玄関から疲れた声が聞こえたがそのまま寝室に入ったようで、再び静かになった。香奈恵は寝ないと駄目な人なのはわかっているので、構うことなくパソコンの前に戻った。煮え切らない両親のためにと、香奈恵が持ち出したのが、ミバリ・ビバリのメモリアルイベントの話だった。おやじたちの世代にとって、ミバリ・ビバリは死後30年すぎてもなお偉大な存在で、ビバリファンにとって東京ドームのこけらおとしコンサートはまさに伝説だった。ライブの殿堂をビートルズの武道館からビバリのドームツアーに書き換えたといった歴史的な意義以上に、最後の輝きを見せつけ、燃え尽きた生き様を象徴していた。試験的に提供される立体映像装置による再現の程度は木崎には計りかねたが、香奈恵が招待券と飛行機を間髪入れずに手配したおかげで、木崎の父と母はメモリアルイベント当日に飛行機で上京するのは早々と決めることが出来た。

 

東京での手配が大方済んでいたにもかかわらず、燐光が最後まで手こずったのは、父の「たまの上京なのだから空港からの送迎ぐらいしろ」というこだわりをあきらめさせることだった。説得をやりすぎて、挙げ句、メールでは無視されたが、まあ、

 

「土日でゆるしてやろう」

 

というところだろうと燐光は解釈しておくことにした。寝酒のハイボールを開けると、燐光も明日に備えて妻が寝ているであろう寝室に向かった。

 

カフェインとウイスキーのチャンポンで明けた木崎燐光の体調は朝から最悪で、正気を取り戻したのは昼休みも間近のことだった。いつもは社内食堂で昼を済ませるが、胃がむかむかしていたので外出して喫茶店で社食をやり過ごすことにした。

 

「めずらしい、引きこもりがいたよ」

 

入店するなり燐光が思わず声を上げたのは店内に解解倫子(げげりんこ)がいたからからである。燐光を見るなり、倫子は思わず立ち上がったが、出迎えるでもなく、立ち尽くしている。燐光は歩み寄ると、左手を出しかけて右手を出したが、倫子が左利きであることを思い出して、左手を差し出した。倫子はあっさりと握手して、何事もなかったように、座ってノートパソコンの画面に視線を戻した。

 

「あいかわらずだね、いや、引きこもりに磨きがかかったかな」

 

茶店の角をキャリーバッグとノートパソコンだけで別空間にしてしまう様は、さながら引きこもりの出前のようで、周りの席はきれいに空いていた。燐光は隣のテーブルに座ると、ミックスジュースを頼んだ。倫子は無表情にノートパソコンに向かっている。

 

「最近は、何してるの」

 

「いろいろ、ぼちぼち、あいかわらず」

 

倫子は燐光と視線を合わそうとしない。燐光の相手をする気はないらしい。燐光がノートパソコンをのぞくと、プログラムのコードが高速スクロールしている。プログラムを作っているようだ。

 

「まだ、業界にいたんだ」

 

「まあ、一番稼げるからね」

 

倫子がカフェラテの最後の一口を飲み干し、泡を袖でぬぐう。

 

「そういえば、思い出した」

 

キャリーバッグからもう一台ノートパソコンを取り出すと、ネットブラウザーであるページを表示させて燐光に示した。

 

「今日の、これ知ってるかな、一枚かんでるんだ、わたし」

 

「へえ、そうなんだ、びっくり」

 

燐光は引きこもりの解解とミバリ・ビバリメモリアルイベントの組み合わせに意外性を感じた。メジャーな仕事はプレッシャーがきつくてとかいつも言ってた事を思い出す。

 

「で、ぎりぎりまでデバッグかい、ひどい客だね」

 

「いつもなら、ぶうぶう言うところ。だけど今回はラッキーのほう」

 

ノートパソコンにむき直った倫子になにげにどうしてと聞くと、

 

「このイベントに殴り込みに行く口実がほしかったところだから」

 

「そう」

 

あらぬ方向の発言に燐光はまともに反応出来るわけもなく、相づちを打つのが精一杯だった。木崎燐光は相づちを打った手前、隣の解解倫子に無視を決め込むことが出来なくなった。とはいえ、何も思いつかない燐光はそのまま、倫子の様子を見ていた。

 

無表情ながら一心不乱にプログラムに打ち込む姿は、以前同じ職場にいたときと変わらなく映った。後頭部で束ねた髪型は代わり映えしない仕事用の髪型だが、殴り込み発言と合わさると、倫子の様子が討ち入り前の苦悩にも見えてくる。しようがなくなって、燐光はつい、突っ込みを入れてしまった。

 

「それって、ちょんまげか、討ち入りにちなんで」

 

燐光はあえて笑ってみせる。むりやりに。倫子は燐光に向き直ると、乾いた笑いで返した。

 

「盗みの片棒を担がされた雪辱を晴らしに行くの。すごいでしょう」

 

さらりと、危ないことを。相変わらず口が悪いと思いながら、燐光はすかさず返す。

 

「なにをぬすんだんだ、ほんとなら、おまえも同罪だろうに」

 

「うーん、説明しがたいな。ぶっちゃけていうなら、お金持ちの名簿」

 

昼休み終わりの少し無理に仕事をこなす職場で、燐光は倫子の話を思い返していた。銀行の顧客名簿なんて、せいぜい、電話セールスに使われるのかと思ったら、政府も協賛しているミバリ・ビバリメモリアルイベントの観覧者選抜に使われていた形跡があるという。といっても、証拠はなく、手持ちの盗まれたリストのコピーと、観覧者のかなりの人数が一致したからで、担いだ奴を探しに行くと倫子は言っていた。あくまでも憶測でしかない話だったので、流してしまおうと思ったところで、携帯が震えた。倫子からメールが来ていた。

 

 わるいけど、喫茶店に忘れ物した。引き取って預かっておいて。

 喫茶店には電話してあるから、今日中に取りに行って

 

面倒なメールが来たな、どうするかなと燐光が返事をためらう間に、会議の時間が来たのでとりあえず、保留することにした。その後二時からの会議は、顧客側の都合で流れてしまった。もともと、顔合わせ程度の扱いだったので流れたのもしかたないかなと木崎燐光は見ている。だいたい、集まっても金になるのは来年の話で、忙しいなかやるもんじゃないと思うのがまあ相場だろう。

 

この会議のせいで延期した会議をメールで再招集を考えたが、何人かが別の会議がすでに行ってしまっていたので、どうも無理らしいとあきらめた。手持ちぶさたになったので、燐光は残っているプロジェクトのメンバーの席を、作業の進み具合を聞いてまわる。スケジュール表を更新するためだ。

 

「やった、遅れが無くなったぞ」

 

スケジュールはすこぶるご機嫌な様に仕上がった。外面を気にしたつじつま合わせの報告も混じっているだろうが、燐光が見た限り、大きな問題は期限まで一ヶ月を残して残っていない。プロジェクトは成功する予感から、成功の手応えに近づいたと感じる燐光だった。このままいけば。席で反り返りながら肩を回す。解解倫子のメールを改めて考える燐光。周りを見回す。やはり職場はそれほどぴりぴりしていない。今週末の休日出勤はゼロとの報告も受けている。

 

「行くか」

 

と燐光は意を決する。そっと、課長の席に行くと、

 

「今日は定時で帰ります。ちょっとお使い頼まれてて」

 

課長の良い週末をの声に送られて、燐光は忘れ物を届けるお使いに向かうのだった。

 

閉店後の喫茶店主に恐縮しながら忘れ物のトートバックを受け取ると、木崎燐光は、地下鉄に乗り込んだ。遠回りになるし混んでいたが、乗り換え無しで後楽園駅までいけるので面倒がない。というか、燐光にはトートバックが重くて、急ぐ気がまるで起きなかった。トートバックの専門書をかき分けてノートパソコンを引っ張り出して膝の上で開く。

 

「お、ロックされてない」

 

壁紙が茶畑なのに苦笑した燐光、メーラーを開けてメールを見てやりたいといったのぞき趣味にとらわれるが、とりあえず押さえ込んで閉める。思わぬ状況に遭遇したからである。思わず燐光はつぶやいた。

 

「あれ、香奈恵(かなえ)じゃないか」

 

思わぬ遭遇を問いただすことに、木崎香奈恵の夫として誰に後れをとることは何もなかった。なかったが、連れがいて声をかけるのはためらわれた。燐光の席と連結をはさんだ隣に解解倫子と香奈恵はいた。なにもできないまま、燐光は後楽園駅に着き、倫子と香奈恵も、気づくことなく、東京ドームに向かっていった。

 

すでに後楽園駅前から人が多くなっていた。

 

燐光は、倫子に落ち合う先を問い合わせるメールを出すと、駅の喫茶店に入った。すぐにメールで解解倫子が

 

忘れ物の引き取りには代わりをよこす

 

とメールを返してきた。

 

しばらくして、周りがすっかり仕事上がりの客に入れ替わった騒がしい喫茶店に男がのそっと入ってきた。木崎は右手を挙げて、男を向かいの席に招き入れた。男は社会人になって初の新卒入社の後輩だった来来(くるき)だった。

今でもメールのやりとりは続いている。木崎は来来が解解と組んで仕事していることも知っていた。久しぶりの再会にも別に驚くことはなかった。忘れ物のトートバックを渡すと、来来はノートパソコンが無事であることを確認すると、

大きなため息をついた。

 

「そんなに、おおげさな。ちゃんと持ってきてやったのに」

 

コーヒーを飲んで一呼吸ついてから木崎は毒づいた。

 

「いや、こいつ、不運というか、ゴミを払うとキートップが飛ぶし、倫子さんに貸したら忘れられるし」

 

来来は弁解したが、木崎は聞き流して、電車での件について聞いてみることにした。

 

「ここに来る電車で解解を見かけたんだけど」

 

「え、そうですか、声かけなかったんですか」

 

「いや、一緒にいる人がお客さんだと悪いかなと思ってかけなかったけど、気になってね」

 

「気になるって、ってことは、」

 

「ん」

 

「たぶん、琴橋香奈恵(ことはしかなえ)さんですよ。今回の仕事仲間で数少ない女性で、きれいな人って言ってましたもの」

 

木崎はちょっと引っかかった。言ってました、って

 

「おまえは、会ったことないのか」

 

「ええ、今日は解解さんとはべつの仕事です。(来来は)仕事上がりにかり出されただけですけど」

 

木崎は少し安堵した。やはり仕事での関係か。電車で見た二人は対等というには解解はおとなしくて、小さく見えていた。やはり解解が友達に調子合わせるわけはさすがにないか。ほっとしたら、香奈恵をきれいな人と言う来来に釘の一つも刺してやりたくなった。

 

「実は、彼女は俺の妻だ。琴橋というのは旧姓で、今は木崎香奈恵が本名なんだ」

 

「えー、そうなんですか、すごい偶然ですね」

 

「まあな」

 

照れる木崎に来来が食い下がった。

 

「じゃあ、紹介してくださいよ」

 

つづく