”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】未恋たらたら【第一回】

【既刊再掲】未恋たらたら【第一回】

 

8月の盆やすみ、長崎駅前のかたおかで高志とおれは皿うどんをつっついていた。

「なあ、これからどこいく?どんなとこでもええで」

高志が偉そうな口調で探りをいれて来たので

「高志、稲佐山に登ったことあるか?」

「まあ、遠足でな。俺らには縁のないデートスポットだろ。コンサートとかも結構あるけどな」

おれはちょっと笑うと、

「いいじゃん、せっかく観光してんだから、な、夜景を撮りたいんだよ」

「いいけど」

高志はちょっととまどっているようだった。男二人で稲佐山。おれたちに全く似合わない。そんなところだろうか。

「じゃあ、きまりな」

そういうとおれの皿うどんの残りを平らげた。

「最後の餃子もらうぞ」

おれは嫌みなほどに食べるのだけははやい。あっと言う間に2つの皿が空になった。

「よく食うな」

「さめる前が中華ってもんだろう」

おれは伝票を手にとった

「わかってますよ。ここはもつから、恨みっこなしでな、いこうや。食い物のうらみはほんと恐いからね」

「そう、じゃよろしく。じゃあ、先にでてるから」

高志は席をたって、店のまえにでた。高志が先にそとにでたのは携帯が鳴っていたからで、夜の予定をこのときに打ち合わせていたのだ。まあ、だからどうなるかは置いといて、勘定を終えたおれがでてきた。

「またせたな。暑かっただろう。どこからまわろうか」

「グラバー邸にしようか。いろいろ集まってて、お手軽だし、見晴らし良いんだよ。これが」

「じゃ、それ。とりあえず路面乗ろうよ」

つい鉄道オタク丸出しなことをいうおれ。心配性なんだなこれでもおれは。

OK,ちょっと離れてるし、乗ろうか」

「いぇい、カメラ、カメラと」

自前の一眼レフデジタルカメラを取り出す。路面電車を撮るためだ。三脚は出していられないので、片ひざをついて脇をしめてファインダーをのぞく。

良はフレームから人が出ていくのを待っていた。シャッターチャンスは待つものなんだけど、高志にはそれが理解できないらしく、

「早くしないと、日がくれるぞ」

とせっつく。しまいにはさっさと路面電車の停車場への歩道橋を登りはじめた。

 

グラバー邸に行くには道明寺行きの路面電車に乗らなくてはならない。そこで長崎駅から、、、

「路線図が必要だなこりゃ」

と高志はつぶやいた。高志の実家は長崎市街の浦上だが、東京で就職して以来中心街に繰り出したことはなかった。良にいたっては実家が佐世保なので、帰省しても

長崎市街にいく暇がないまま終わるのがいつものパターンで高校卒業打ち上げで繰り出して以来になる。

でも、路線図は時刻表の上にのっているから、安心だ。路線図を確認した高志が戻ってきた。カメラに振り回しているおれはせっつかれたので、しかたなく路面電車にのった。

高志は写真に理解がない。相変わらずだ。ほんと。

出島行きに乗ったおれと高志は、出島で道明寺行きに乗り換え

、グラバー邸を目指していた。

おれは、撮った写真をの整理に忙しい。久々の撮影旅行でかつ新カメラのこけら落としなのに、メモリーカードの予備を忘れたのだ。全くの間抜けである。そんなわけでおれにとってはあっと言う間にグラバー邸までもう2つ先というとこまで来たところで唐突に高志が別行動させてくれと言い出した。

「たぶん、いや絶対つまんないからさあ」

といいながら高志は電車のてすりに両手でつかまり、ぶらぶらさせた。

「良は飽き飽きしているだろうけどさ、今朝なんか、はりきっててホストに徹するって言ってたじゃないか」

「それは、稲佐山に行く分で売り切れたんだ」

表情が不自然にゆるむ。

「なあ、いいだろ」

理由はわからないが良は高志が切れそうなことを感じ取ると、

「ああ、かってにするよ。すればいいんだろ」

良もふてくされてみせた。そんなわけで、二人は別行動をとることにした。

相変わらずだなおれもやつも。良はおもった。

 

良と別れた高志は真っ直ぐに本原の病院へ向かった。会いに行くのは、小学校の時の担任だった菅原先生。長崎の中心街からバスで小一時間かかる、浦上天主堂の近くに

ある。病室は6人部屋だったが、4つは空きになっていた。

手ぶらできたことを高志がわびると、先生は笑っていった。

「東京土産は足りてるよ。持て余すくらいにな」

そういうと、ベットの下から、段ボールを取り出した。

「修学旅行土産だよ。行けなかったからってこんなにな」

先生は泣いていた。高志の担任だったころと変わっていない。すぐ血がのぼる質で後先かんがえずどなっては、泣いて謝っていた。

昔とかわらない先生のようすに高志はほっとしながらも、病状をたずねてみる。

「静脈瘤破裂って、大変な病気なんですよね」

「あいかわらず直球だな。ああ、左手足が痺れていてな、夏なのに冷えてしょうがなくてね。けど、口は問題ないし、ぼけてもいないようだから、根性とリハビリでなんとかしてみせるよ」

気付くと、菅原先生は左手をさすっていたので、高志は左手をとってさすった。

手にとった先生の左手は、すこしくたびれていたが、しっかりとしていて、高志はほっとした。

「先生、大西恭子っておぼえています?」

「ん、ああ、昨日見舞いに来たよ。」

「そうですか。元気そうでしたか?」

「まあな」

ふたりとも大西恭子に対しては心にひっかかっていることを思い出しふと沈黙した。高志は先生から手を離し、改めて直立して話をきりだした。

「今日きたのは、相談したいことがあって、その相談の相手にしてくれそうなの先生ぐらいだとおもって来ました」

「過ぎたことを悔やみに来たのなら帰れ。見当違いもいいところだ」

高志は続ける。

「告白しにいこうと思っています」

「なにを、いまさら。済んだことを蒸し返して、また傷つける気か」

「あの事故のそもそもの原因、先生は何だとおもってますか」

沈黙が病室にひびく。先生はいらだって来ているようだった。

(蒸し返すって、ちがうよ)

高志は先生が勘違いしていることに気付いた。

「先生、それは」

「事故は事故だろう。そんなに過ちにうじうじしたいのか。だから、なにがいいたいんだ」

一瞬ひるんだ高志だったが、ぐっと抑えた調子でつづけた。

「あの事故は、おれの告白で恭子が気が動転して、起きたんです」

菅原先生は何かを言いかけたが、ぐっと押さえて深呼吸した。

「まったく。世話がかかるなあ。まあ、話してもいいだろう。みんな大人になったんだし」

菅原先生は高志には伝えられなかった話をはじめた。

 

高志とわかれた良は、グラバー邸へ来て写真を撮っていた。

良は愛機のPENTAXデジタル一眼レフ(カメラ*istD)を構えるととたんに高志は強気になる。その変貌ぶりは車とカメラを置き換えると分かりやすい。それ

ぐらい性格が変わるのだ。

今日のためにとっておきのLimited28mmレンズで、いつもと違ってカメラにとりつかれたようにフレームに人が入ろうともためらうことなくシャッターを切っていく。しまいには、なかなかどかないカップルに

「どけよ、バカずら」

と叫ぶ始末。我に帰り返り、グラバー邸をそそくさと出て良は観光地によくある売店のベンチに座った。いつもならいざこざを嫌って避けて、通りすがりの人さえフレームから逃がすようにしているのに。なに熱くなってるんだろ。おれ。ためいきをつく良。

「なにも変わってないのかなあ、あのころと。」

良はコーラをあおりながらふと出会った頃のことを思い出していた。

 

高志とは大学で知り合った。友達となるきっかけはなんとなくということが多いが、このときは違った。今でも俺にとっての奇跡だったのではないかと思っている。

授業で一緒だった何人かで寄り集まって話していたなかで出てきた

精霊流しって楽しそう」

という他愛ない会話に、

「誰かが死んだからながしてるだよ」

と俺がつっこんでいたのを聞いていた高志がこえをかかけてきた。

初対面の印象は悪くはなかった。かっこよくて、クールな感じ。できる奴といったところだろうか。でも、俺は入学そうそう入った写真部の体育会系なノリにいやけがさしてやめたばかりで、話が合う奴に飢えていた。いたが故に無視を決め込み、図書館に逃げ込んだ。

 

人の干渉を避けてきた良にとって、図書館は自由な場所だった。小学校から、からかわれたり、無視されたり、おちょくられどうしで、小学4年生になる頃には図書館の虫となっていた。はじめの動機は逃げだったが、本を通して読むようになったのは、それなりに前向きな成果だった。ただのトロいガキとはいえ、それなりにあがいく過程で、良は自身の考えは理解されることはないという思いを強く心に刻まれていた。結果、良は本を読むことで人を知り、人とのつきあい方を学び、いまの良がいるのだ。

さて、高志から逃げた良は写真集の棚にいた。写真部はやめたものの、写真を撮ることをやめるつもりはなかった。また、ロバート・メイプルソープのリサ・ライオンを見る。ブヨブヨしているとしか思えないビーナスや、ガリガリのスーパーモデルと違って、筋肉による力強さを包む女性としての曲線が、強く印象に残っている。良は女性に対して奥手の方で、セックスアピールをはっきりとする女性とはまともに向き合えないことに負い目を感じている。けど、特に女性を意識させられるミニスカートはつい見てしまう。きっと、男はみんなそうなのだろうと思いながらも、男というステレオタイプに収まっている自分に、ため息が出るのだ。

「うーん」

良は写真集を元の棚に戻し、通路の方を向くと、高志が立っていた。

「やあ、少年。気は済んだかな」

良は無視を決め込み、高志の横を通り抜けようとした。したが、高志に押しとどめらた。

「何か、用ですか」

良は高志に挑みかかる視線を向ける。

「いや、確かめたいことがあってさ」

「なにさ」

良はとまどった。身に覚えがない。なにもない。

精霊流しを出したことはあるのかってことさ」

 

以後、めざとい高志と、わからずやな良は、お互いを隣の芝生として、その青さを競ったり、妬んだりしながらも、友情を深めていった。卒業しても、つきあいは続き、この故郷を旅する旅が実現したのだ。二人とも東京で就職し、これまで盆と正月には欠かさず帰省していたが、今年は帰省せず、観光することにした。言い出したのは高志の方だった。

「ん、ありがとね」

売店のおじさんにコーラ瓶を返すと、市街へ向かう坂を下っていった。

 

小学校卒業式前日、大西恭子は階段から転落し、額を5針縫うけがを負った。卒業式には出れなかったが、適切な治療のおかげで中学高校で額のきずで引け目をかんじることはなかった。わだかまりがあった高志は恭子を見ているだけで、高校からは別の学校になったこともあり、音信不通となっていた。

高志は、幼馴染ってまあ、そんなものと思っていた。

ドラマチックなんて、有りはしない。ただ後悔があるだけ。だった。

告白したらまっしぐらに逃げたられ、けがさせてしまったのだから。

が、恭子にとっては違ったようだ。

中学以降恭子は女子高校、短大と、お嬢様路線まっしぐらだったというのは人づてに聞いていた。で、菅原先生の話は長崎での就職活動の相談で会ったときにでた、男性恐怖で身動きできないという悩みについてだった。

「男の人と見ることができないんです。見られていると思うと緊張して、就活で面接をうけるたびにみじめになるんです」

「いまは、大丈夫かい、先生と二人きりだが」

「ええ、だいじょうぶですね。慣れているからでしょうか、そういえば、父も、弟も大丈夫ですね。」

聞いてみると、相手によるところがあって特にだめなのは同世代、誘惑してきそうなのが怖いそうだ。

「おれぐらいの年で娘ぐらいの娘とつきあっている奴もいなくはないんだがな」

「そうでしょうけど、先生は違うんでしょ?」

「まあ、そうだが。でもそれって、おれは男のうちにはいらないということだろ?。寂しいなあ」

「いえ、そんな」

「男といってもなに、いっぱいいるから。女を馬鹿にするような性根の腐ったやつは相手にしないことだよ。採用のときから、不愉快にさせる会社なんて、放っときなさい。自分あっての仕事なんだから」

「そんなもんでしょうか。。。そんなもんでしょうね」

「もっと、強気でいいんじゃないの。きれいになったし」

「ええ、、、そうですか?」

多少菅原先生が美化されているようだが、こんなところだそうだ。

 

別れ際に菅原先生は痛々しい後頭部を撫でながらこう言った。

「なにはともあれ、後悔は先に立たずだからな。覚悟を決めて生きろよ。死にかけた先生からの忠告だ」

高志は答えることなく

「また来ます」とだけ言うと、病院を出た。