”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】未恋たらたら【第三回】(終)

【既刊再掲】未恋たらたら【第三回】

 

「いらっしゃいませ」と招き入れてくれた瓦斯灯は長崎に有るのに東京みたいなきれいな言葉遣いするなあと良が思ってると、いっしょに来たかなえが、ジャケットを持ってきた。

「一応紳士の集う店ということにしてるから。着て。それに店は寒いからね」

といってわらうかなえ。余裕を感じさせる。半袖ポロシャツの上にジャケットを着せてもらった良は周りを見回した。ほとんどが常連さんのようで、同じジャケットを着ているのに、ぴしっと決まっている。

「こちらへどうぞ」

新たに現れた女性につれられて、席に着く。

「なにをお持ちしましょうか」

「一見さんコースで。とりあえずビールを」

「はい、しばらくお待ちください」

取り残された良が渡されたおしぼりでクロワッサンを作っていると、かなえが戻ってきた。

「どう、慣れそう? 辛気くさいよ。お客なんだからさ。もっとそう、落ち着いて。みさおすぐくるって。適当にやってよ。」

ということでビールと飲みつつ、良の身の上話を聞くかなえ。的確にうたれる相づちや、目元、いや、良は気づく。声がいい。優しさを感じる。聞き惚れるというのは俺に取ってはこの声なんだろうと思いながら、ふと前を見ると、真っ赤な、それも深紅の黒ずんだ血のようにさえ見える長めのドレスの女性がまっすぐ向かってきた。みさおだった。

「いらっしゃいませ。東京から来られたそうで。ぜひぜひ、楽しんでくださいね」

上品な格好で親しげに話かかけられて、愛想笑いをする良がいた。他の席で呼ばれたらしく、さっさと行ってしまった。後ろ姿を目で追う良にかなえが腕を組んでくる。

「姉さんって、いいよねえ、ほれぼれしたでしょ。高志はついているって思わない?はい、そこまでものほしそうにみない。さ、つづきをきかせてよ。」

少し身をよじる良。拒絶ではなく受け入れるために体制を立て直す。

「どう、いいでしょ。夏の冷やしでございまーす」

人肌が心地いい。夏場にはあり得ない感じが刺激的でもある。

「うん、いいねえ。でも、みさおさんってほんとのところ一人なの?」

「絶対ではないけど間違いないわ。だって、彼女犬を飼ってるの、何匹も、大型犬ばかりをね」

 

それから2時間ほど経って、良は両手いっぱいの緑茶ペットボトルを抱えて部屋へ戻ってきた。酔いを醒ますには緑茶が一番というのが彼独特のの健康法だ。高志も鳥の皮を残す健康法やつま先歩き健康法などをやっているのを見かけていたので別に何ともない。高志は、パンツに靴下という姿でベットでの寝そべりながら携帯電話をもてあそんでいた。

「お茶、飲むか」

帰ってきたのに目を合わそうとしない良を気にしている風もなく高志に話しかけた。

「のどかわいたな、飲むよ。もう戻ってきたのか。夜はこれからだって言うのにさ。まだ8時だよ。」

良は備え付けのコップに緑茶を注ぐと、枕元の電気スタンド下に置いた。

「なあ、高志、気になって仕方がないことがあるんだけどさ」

「うん、メールも無しか」

「なんで、こんなことを思いついたんだ」

「東京と同じのしかやってないよ、テレビ」

「なあ、聞けよ」

良は壁を殴った。

思わず大きな音がしてびっくりする二人。

しばし、沈黙する二人。

「別に特別なことをしようという訳じゃない。先へ進むにはけじめが必要だって気づいたからさ」

「けじめさえつけばいいのか?むこうはなかったことにして生きてるんだろ?彼女は今輝いてる。俺のような半端に生きているやつに取っては憎たらしいほどにな。受け狙いでやるならやめた方がいい。みんな傷つく」

「わかっている。ナンセンスで、バカな思いつきだって。でも、先に行くにはこれしかないんだ」

それから、二人は緑茶流し込み続けた。

あからさまな居心地の悪さを表明するかのように。

そして、携帯が鳴った。かなえからだ。みさおこと大西恭子が店を出る知らせだった。

高志と良は身なりを整えると、タクシーで稲佐山へ向かった。

 

「夜景は素晴らしいな。そのままで素晴らしいからな」

良は長崎の夜景を車窓に見ながら言った。続けて言う

「さっきは突っかかったけど、しっかりやれよ」

タクシーが停まる。待ち合わせの展望台前についたのだ。ドアが開く。目を合わそうとしなかった高志が、言った。

「ああ、正々堂々と行くさ」

高志は一人降りて恭子のもとへ歩いて行く。恭子は一人で待っていた。展望台のど真ん中で。

「やあ、久しぶりって、わかるかな、高志だよ」

高志の声に振り返り、考えるかのように頭をかしげる恭子。

「誰でしたっけ。うそよ。でもいきなりの連絡でびっくりしたわ」

「そう、偶然って、あるもんだね」

夜景の方に向き直る恭子。

「嘘。全部聞いたわよ」

「じゃあ、わかってたんだ」

「そう。全部よ」

念を押すように恭子は高志にささやく。

高志に恭子は向き合って、

「結婚してくれ。いきなりだが、それしかないんだ」

といって、指輪を差し出す。

恭子は指輪と高志をじーっと見つめてから、

「ほっといて。昔のことは何とも思ってないし、今でも卑怯者のままのあなたには興味ないわ。ほっといて」

と言うと、夜景の見える展望台のふちへ歩いて行く。

「待ってよ。卑怯者ってなにさ」

高志は追いすがることも出来ずにただ立ちつくしていた。

 

しばらくして、良と一緒にいた京子に電話がかかる。

みさおさん、もう帰るって」

「で、どうだったって、なんか言ってた?」

「ちゃんとおとしまえをつけたそうよ。あっさりしたもんだわ」

「タクシー呼ばなくていいのか」

「いいのいいの、パパタクシー呼んであるって言ってた」

「そうか。酔狂な亭主だな」

「まあね。それより、高志くんを迎えに行かないと。さ、さ、行こう」

「おうよ」

缶コーラを飲み干すと、良はかなえと高志を迎えに展望台へ

向かって行った。

 

次の朝、良が目を覚ますと、一緒に帰ったはずの高志は部屋に

いなかった。荷物もなくなっていた。

枕元のテーブルに置き手紙が殴り書きされていた。

 

 

 

 

実家から帰ります。

後は勝手に

 

ど う ぞ

 

たかし

 

 

 

 

ひとしきり置き手紙を見た良は、シャワーを浴び、身支度を整える。

部屋の荷物を片付け、チェックアウトする良。

ホテルのロビーで、一息つきながら、

「まいったなあ」

とぼやきつつ、かなえに電話をかけた。

「高志、実家に逃げちゃってさあ」

「さあ?」

「今日、つき合ってくれない、かなあ」

「かなあ?」

「今日一日、デートしてください」

「・・・・」

「お店にもちゃんと行きますから」

「もちろん。長崎駅前に10時、車で来てね」

良は小さくガッツポーズした。

 

【既刊再掲】未恋たらたら【第二回】

【既刊再掲】未恋たらたら【第二回】

唐突で申し訳ないが、良は、素足フェチである。当人はクールにとらえているが、実際のところは、目線はあからさまに、素足を、白くて血色のいい女性の脚を求めている。

それもまっすぐで健康的なのが特に好きである。高志はよくたしなめるが直る気配はない。というわけで、グラバー邸を出た良は、ある女性の尻を追いかけている。誰かの後をつけるのは良にとって初めてである。女性に対しておくてな良にとっては、眺めるだけで十分気持ちよく、また、心のどこかで追い求める対象としてはしたないと思っていたからだ。

水色のカットソーに黄色のフレアスカートの女性は地元の人のようだ。足を止める店はどれも、流行のブランドショップや、セレクトショップだからだ。いつ振り返るか良はビクビクしながらあとをつけている。声をかけようとか、写真をとろうとか目的があった訳ではない。ただ、今回は目がはなせなくなったのだ。

良は、ビクビクしながら、女性の足をなめるようにまたみた。涼しげな籐のローヒールから緊張感のあるラインからくすみのない膝裏。緊迫感はスポーツをたしなんでいるからだろう。そして、明るいオレンジ色のふともも。血色がよくて、まぶしいばかりだ。髪は後ろにまとめている。黒髪だ。あと気づいたのは、肩ぐらいまである束ね髪は揺れていないことだった。歩き方がいいのだろう。姿勢もピンとしており、よくいる猫背女とは違う雰囲気だ。顔はどうだろうか、かわいい系だろうか、きつめ系だろうか、知的美人だとだったらいいな、などと妄想を繰り広げているうちに、後ろ姿の女は表通りへ出て、路面電車に乗るべく安全地帯へ歩いていく。良はつけてきたことがばれはしないかドキドキしながらも、間に二人挟んで電車待ちの列に並んだ。

 

 病院を出た高志は、長崎駅前の喫茶店で良を待ちがてら、新聞を広げていた。

今晩のことで気もそぞろな高志が新聞を読んでいるのは稲佐山の情報をチェックしておこうと思ったからである。

なりゆきで登ることにした稲佐山だが、コンサートなんかやってたら、夜景どころでない騒ぎだろうから、あらかじめ調べておくことにしたのだ。

その点、地方の新聞は親切なので、ぴあを買うまでもなく、新聞でことが足りる。東京ではあり得ないことだろう。下手するとふつうの人の結婚が記事になってたりする。東京で新聞といえば全国紙だが地方では存在感が薄い。地方の新聞は情報力が地域に関して向いている。方向性は違うが情報が濃いのだ。だから読まれる。催事の記事を探してみる。今日はなにもないようだ。新聞は終わりにして他の雑誌でも読もうとたたみ始めた新聞の記事が目に留まった。

「本県産果物初の海外出荷」の記事に載っている農家の名前に覚えがあった。

諏訪順一郎。小中と一緒だった奴である。高校以降なにをしているかと思えば、ちゃんと家業を継いでいたんだと感心する。農園の電話番号が載っていたので、驚かすべく、電話番号登録しようと携帯電話を鞄から出してみると、良からの着信があったらしい。早速、喫茶店の入り口のポーチにでた高志は良に電話をかけた。

 

女のあとを追って載った電車から良が降りたのは、待ち合わせの長崎駅前ではなくかなり手前の出島だった。とはいえ、市街は狭いので、歩こうと思えばそれなりにいけるが、カンカン照りの中を歩こうと思ったのではなく、もちろん、女性のあとを追うためだ。電車内で横顔は見ることが出来た。丸い顔だった。かわいい系だ。良の中では

 

知的美人>かわいい系>きつめの美人

 

という価値観で女性を品定めする良にとって彼女の横顔は好ましい容姿ということになる。彼女はアーケードをドンドン進んでいく。電車に乗る前と違い、わき目も振らずに。急いでいるのかもしれない。足をのばして歩いていく。着けてきた良もそろそろ高志との待ち合わせ時間が気になり出していた。

どうしようか。思い切って声をかけてみようかと良は、うじうじしていた。

「っと」

考えすぎて周りが見えなくなっていた良は、女とぶつかってしまった。人もまばらなアーケードなのに人がぶつかってきたので、びっくりしたのだろう、即座に反応が帰ってきた。

「ちょっと、なにすんの」

振り返りざまに女のヒジが、みぞおちに決まり、うずくまる良。

「大丈夫ですか」

と女に声をかけられた良は

「ええ」

といったかと思うと、アーケードの外へ走っていった。アーケードを抜けるなり良は側溝に向かって吐いていた。女が良を追って来た。

「大丈夫ですか、すみません」

「大丈夫です。これでも、大丈夫です」

「そうですか」

「失礼します」

良は口元を手で拭うと、長崎駅へ向けて歩きだした。

 

結局、良が高志と落ち合ったのは30分後だった。吐いた後、公衆便所で口をすすいで、良は気分を取り直していた。

「美女のヒジ鉄でダウンってどうなのよ、俺って」

高志は少しうんざりした。良がこの話をネタにするであろうこと、イヤでも飽きるほど聞かされるであろうことが目に浮かんできたからである。

「相手が、ミラ・ジョゴビッチなら、自慢になったかもね」

浮かれる良を牽制しつつ、携帯を気にする高志。

「高志、携帯見すぎ」

良がつっこむ前に、高志はまっしぐらに喫茶店を出たかとおもうと、誰かと連れだって戻ってきた。

「紹介するよ、こちらは、メル友の涼子さん」

「・・・・」

「・・・・」

良と涼子の顔を見比べる高志。しばし沈黙。

「さきほどは」

「いえ、いえ」

「えっ、さっきの話って」

「ん?顔になにか付いています?」

「いえ、いいえ」

半時も経たないうちの再会に一同驚きながら着席する。アイスティーを注文してから、高志は良が話した涼子についてかいつまんで説明した。

「ははははっ、ひどいおもしろいわ」

素直そうだと高志は改めて好感した。良はというと話を振りたいようなのだが、飛び込み台に立ったかのように踏ん切り悪く、そわそわしている。

「落ち着けよ、良」

「落ち着いているよ」

「そうか。じゃあ本題に入ろうかな」

姿勢をただすとおもむろに高志は宣言した。

「今晩、プロポーズする。協力よろしく」

涼子はまた笑った。

 

小学校でのことを少なからず聞いていた良にとっても、唐突に高志が大西恭子に、今日プロポーズするといいだしたのは良を驚かせた。けれどもっとびっくりだったのは大西恭子の近況について、知ったのはほんの一月前、もう一人の京子、佐藤京子に知り合ってからということだった。

「二人はどうやって知り合ったの?」

「それはねえ、出会い系ってところかな」

なにげなく京子は答える。

あわてて、高志が付け加えた。

「同窓会サイトで、知り合ったんだ。同じ高校だったらしくてね」

「らしくて?」

「女子校なのにねー」

「悪かった。それは言うなよ」

つまり、大西恭子の同級生を探して見つけたのが、佐藤京子だったらしい。

すきあらば、ナンパするのがネットの常だね出会い系というもんと言う奴もいれば、目的外利用は言語道断という人もいる。

まあ、この場合はナンパではなく聞き込みだったわけだが。そして、驚くべきは、佐藤京子と同じ職場に大西恭子がいるという偶然だった。当初、近況が知りたくなった程度だった高志だが、距離が一気に詰まったのでこれは運命ではと色めきたったという。

職場というのは、「瓦斯灯(がすとう)」というクラブで、源氏名は佐藤京子がかなえで大西恭子がみさおということだった。

プロポーズは、クラブが終わってからということで、京子と高志の打ち合わせがひとしきり終わると、高志と京子の二人は、多愛のない話に花を咲かせた。良はついていけず、ありがちだが、内心いじけていたりする。

 

仕事に向かう佐藤京子を見送ると時間は夕方の5時になっていた。

「めし、食いにいこうか」

高志はこともなげに言うと、長崎駅へ歩きだした。

「大丈夫なのか、そんな、のんびりしてて」

良がいらだった様子で言い返す。状況に取り残されていたことがいまさらながら効いてきた様子で、心ここに在らずといったところか。

「準備は出来てるよ。いつでくわしてもいいようにいろいろと鞄に仕込である。そもそも、この旅行を言い出したのは俺だし、手配したのも俺だ。心配無用だ」

良には高志の気張りが、頼もしくあり、痛くもあったが、吐いたこともあり、空腹だったので、素直に高志の仕切に従うことにした。

早めの夕食は当初の予定どおり、

長崎駅地下の「吉宗(よっそう)」で取ることにした。

 

店内はまだ夕飯には早い時間だったが、おもいのほか人は入っていた。よくある和食の店といった感じで、ほっとする雰囲気だ。良も高志も茶碗蒸と蒸し寿司のセットを注文した。これは夫婦蒸しと呼ばれるこの店の名物なのだ。

料理が出てさあ、食べようという段になって、それまで黙っていた高志が

「京子ちゃんにちゃんとアプローチしたら良いんじゃないか」

といいだした。良は

「どうでもするさ。人の勝手だろ」

茶碗蒸しをつつきながら、はぐらかしにかかる。良は嘘よりは隠し事をよしとする。ちょっと卑怯なところが有る。特に恋に関しては、した方の負けみたいに言うことさえある。いつもなら、そっとしておく高志だが、今日は容赦なかった。

「良、あれだけメロメロな話してたのに、ご本人さん登場でだんまりかよ。いつもそうだよな。好きすぎて近づけないとかいって、結局自分がかわいいだけだろ」

「大学の時もそうだったな。ちょっとかわいくて人気がある娘に気があるのに、競争率高いって聞いてあっさりあきらめたりさ、だめ。怒ってんだよ、まじで」

昔のことを蒸し返され、良はちょっと頭にきた。

「高志、大学でのことを言うなら、自分は女に興味がないといった顔で、人の恋愛模様を酒の魚にしてただろ、それは意気地なしと言わないのか。今回は友達の女友達だからさじっくりいこうと思った訳よ。それよか、今日の計画って、無茶としか思えないぞ。小学校以来の娘にプロポーズなんて。世間知らずのする事だろう普通」

高志は応えることなく

「お互いがんばろう」

としか言わなかった。それから良は黙々と料理を平らげ、高志もそれに倣った。料理を食べ終え、高志が、

「とりあえず出ようか」

というと、良が

「なら、電話番号を教えてくれ。今晩店に行く」

ぶっきらぼうに言った。

 

良は「瓦斯灯」のかなえに連絡をとり、一人向かうことにした。どっちにしろ、高志は恭子に気づくかもしれない。その手の店に行ったことがないので、不安はあったが、かなえに、

「ばっちり、フォローしてあげるから」

といってもらっていた。当然、指名する事を約束させられたがいたしかたないと良は割り

切ることにした。彼女が夜の女と知ってしまった以上、いつ口説こうが関係ないだろうしと考えることにした。

一方高志は、ホテルに戻り、荷物をひっくり返していた。といってもそれはすぐに見つかった。小学校の卒業アルバムだ。

「いま、どんな顔をしているんだろうな」

アルバムをめくりながらぽつりとつぶやく高志。そんな昔の写真を眺めるより、とにかく今の姿を見るべきなのはわかっていた。高志本人も。十年以上会っていないのだ。

とりあえず会ってみてから

「やーめた」

といってもだれもあからさまに意気地なしとは言わないだろう。このまま押し通す方がどうかしている。京子が協力してくれるのもよくわからなかった。とりあえず感謝はしているが、後が恐いとも正直思っている。結局のところ、高志は不安なのだ。思い描くような大人の男はほど遠い。高志が食品会社の営業職に就いたのは、人付き合いに関して自

信が有ったからだ。入社以来高志は、職責以上のマメさで人付き合いをしてきた。そうすればそれなりの人とつき合うことが出来、成長できると思ったからだ。したつもりだったが、会社がらみの人脈からは友達はなかなか出来なかった。仕事を離れると、無性に寂しくなった。彼女を作ったこともあったが、けなげな女性に惹かれるくせにふとしたときにがどうしようもなくバカに見えて気持ちがさめるのがオチだった。童貞パソコンオタクの人間失格コースまっしぐらの良に比べればよほど贅沢な悩みではあったが、人生の先行きが未だに見えないのは人生勝ちに行っている高志に取っては誤算というには重くのしかか

る現実だった。

「さて、とっておきをいきますかと」

ガーメントから濃紺のスーツを取り出す。そして、色合いを合わせて買った赤のネクタイほか、新品の下着を引っ張りだす。時計の時間を6時のニュースの時報で合わせると、風呂に湯を張り始めた。

 

ペンギン・ハイウエイ と 若おかみは小学生! を見た感想など

共にきれいなお姉さんが出てくることで一部でライバルと目されていた二つのアニメ映画を見たので感想や気付いた事などを

 

若おかみは小学生

 妙に心情描写がリアル。分かち合うには不条理な感情をこの世でないものを介して共有させるのは感心した。

 少年の活躍が少なくて残念。代わりにちっこいのがかわいい。

 温泉街=異世界な伝承がまた一つ的なストーリーだった。

 

ペンギン・ハイウエイ

 おねショタとしては、少し変化球で、本当にお姉さんが少年を頼るのにびっくりした(描写としてはごく当たり前にあるが、ここまで追い込まれるのは珍しい)

 少年達が魅力的なのは良かった。一方大人の描き方が残念。

 ストーリーにニュータウンの軽薄さが生かされていて、ニュータウン育ちとしてより楽しめた。

 

お姉さん対決としては、ペンギン・ハイウエイが好みでした。

【既刊再掲】未恋たらたら【第一回】

【既刊再掲】未恋たらたら【第一回】

 

8月の盆やすみ、長崎駅前のかたおかで高志とおれは皿うどんをつっついていた。

「なあ、これからどこいく?どんなとこでもええで」

高志が偉そうな口調で探りをいれて来たので

「高志、稲佐山に登ったことあるか?」

「まあ、遠足でな。俺らには縁のないデートスポットだろ。コンサートとかも結構あるけどな」

おれはちょっと笑うと、

「いいじゃん、せっかく観光してんだから、な、夜景を撮りたいんだよ」

「いいけど」

高志はちょっととまどっているようだった。男二人で稲佐山。おれたちに全く似合わない。そんなところだろうか。

「じゃあ、きまりな」

そういうとおれの皿うどんの残りを平らげた。

「最後の餃子もらうぞ」

おれは嫌みなほどに食べるのだけははやい。あっと言う間に2つの皿が空になった。

「よく食うな」

「さめる前が中華ってもんだろう」

おれは伝票を手にとった

「わかってますよ。ここはもつから、恨みっこなしでな、いこうや。食い物のうらみはほんと恐いからね」

「そう、じゃよろしく。じゃあ、先にでてるから」

高志は席をたって、店のまえにでた。高志が先にそとにでたのは携帯が鳴っていたからで、夜の予定をこのときに打ち合わせていたのだ。まあ、だからどうなるかは置いといて、勘定を終えたおれがでてきた。

「またせたな。暑かっただろう。どこからまわろうか」

「グラバー邸にしようか。いろいろ集まってて、お手軽だし、見晴らし良いんだよ。これが」

「じゃ、それ。とりあえず路面乗ろうよ」

つい鉄道オタク丸出しなことをいうおれ。心配性なんだなこれでもおれは。

OK,ちょっと離れてるし、乗ろうか」

「いぇい、カメラ、カメラと」

自前の一眼レフデジタルカメラを取り出す。路面電車を撮るためだ。三脚は出していられないので、片ひざをついて脇をしめてファインダーをのぞく。

良はフレームから人が出ていくのを待っていた。シャッターチャンスは待つものなんだけど、高志にはそれが理解できないらしく、

「早くしないと、日がくれるぞ」

とせっつく。しまいにはさっさと路面電車の停車場への歩道橋を登りはじめた。

 

グラバー邸に行くには道明寺行きの路面電車に乗らなくてはならない。そこで長崎駅から、、、

「路線図が必要だなこりゃ」

と高志はつぶやいた。高志の実家は長崎市街の浦上だが、東京で就職して以来中心街に繰り出したことはなかった。良にいたっては実家が佐世保なので、帰省しても

長崎市街にいく暇がないまま終わるのがいつものパターンで高校卒業打ち上げで繰り出して以来になる。

でも、路線図は時刻表の上にのっているから、安心だ。路線図を確認した高志が戻ってきた。カメラに振り回しているおれはせっつかれたので、しかたなく路面電車にのった。

高志は写真に理解がない。相変わらずだ。ほんと。

出島行きに乗ったおれと高志は、出島で道明寺行きに乗り換え

、グラバー邸を目指していた。

おれは、撮った写真をの整理に忙しい。久々の撮影旅行でかつ新カメラのこけら落としなのに、メモリーカードの予備を忘れたのだ。全くの間抜けである。そんなわけでおれにとってはあっと言う間にグラバー邸までもう2つ先というとこまで来たところで唐突に高志が別行動させてくれと言い出した。

「たぶん、いや絶対つまんないからさあ」

といいながら高志は電車のてすりに両手でつかまり、ぶらぶらさせた。

「良は飽き飽きしているだろうけどさ、今朝なんか、はりきっててホストに徹するって言ってたじゃないか」

「それは、稲佐山に行く分で売り切れたんだ」

表情が不自然にゆるむ。

「なあ、いいだろ」

理由はわからないが良は高志が切れそうなことを感じ取ると、

「ああ、かってにするよ。すればいいんだろ」

良もふてくされてみせた。そんなわけで、二人は別行動をとることにした。

相変わらずだなおれもやつも。良はおもった。

 

良と別れた高志は真っ直ぐに本原の病院へ向かった。会いに行くのは、小学校の時の担任だった菅原先生。長崎の中心街からバスで小一時間かかる、浦上天主堂の近くに

ある。病室は6人部屋だったが、4つは空きになっていた。

手ぶらできたことを高志がわびると、先生は笑っていった。

「東京土産は足りてるよ。持て余すくらいにな」

そういうと、ベットの下から、段ボールを取り出した。

「修学旅行土産だよ。行けなかったからってこんなにな」

先生は泣いていた。高志の担任だったころと変わっていない。すぐ血がのぼる質で後先かんがえずどなっては、泣いて謝っていた。

昔とかわらない先生のようすに高志はほっとしながらも、病状をたずねてみる。

「静脈瘤破裂って、大変な病気なんですよね」

「あいかわらず直球だな。ああ、左手足が痺れていてな、夏なのに冷えてしょうがなくてね。けど、口は問題ないし、ぼけてもいないようだから、根性とリハビリでなんとかしてみせるよ」

気付くと、菅原先生は左手をさすっていたので、高志は左手をとってさすった。

手にとった先生の左手は、すこしくたびれていたが、しっかりとしていて、高志はほっとした。

「先生、大西恭子っておぼえています?」

「ん、ああ、昨日見舞いに来たよ。」

「そうですか。元気そうでしたか?」

「まあな」

ふたりとも大西恭子に対しては心にひっかかっていることを思い出しふと沈黙した。高志は先生から手を離し、改めて直立して話をきりだした。

「今日きたのは、相談したいことがあって、その相談の相手にしてくれそうなの先生ぐらいだとおもって来ました」

「過ぎたことを悔やみに来たのなら帰れ。見当違いもいいところだ」

高志は続ける。

「告白しにいこうと思っています」

「なにを、いまさら。済んだことを蒸し返して、また傷つける気か」

「あの事故のそもそもの原因、先生は何だとおもってますか」

沈黙が病室にひびく。先生はいらだって来ているようだった。

(蒸し返すって、ちがうよ)

高志は先生が勘違いしていることに気付いた。

「先生、それは」

「事故は事故だろう。そんなに過ちにうじうじしたいのか。だから、なにがいいたいんだ」

一瞬ひるんだ高志だったが、ぐっと抑えた調子でつづけた。

「あの事故は、おれの告白で恭子が気が動転して、起きたんです」

菅原先生は何かを言いかけたが、ぐっと押さえて深呼吸した。

「まったく。世話がかかるなあ。まあ、話してもいいだろう。みんな大人になったんだし」

菅原先生は高志には伝えられなかった話をはじめた。

 

高志とわかれた良は、グラバー邸へ来て写真を撮っていた。

良は愛機のPENTAXデジタル一眼レフ(カメラ*istD)を構えるととたんに高志は強気になる。その変貌ぶりは車とカメラを置き換えると分かりやすい。それ

ぐらい性格が変わるのだ。

今日のためにとっておきのLimited28mmレンズで、いつもと違ってカメラにとりつかれたようにフレームに人が入ろうともためらうことなくシャッターを切っていく。しまいには、なかなかどかないカップルに

「どけよ、バカずら」

と叫ぶ始末。我に帰り返り、グラバー邸をそそくさと出て良は観光地によくある売店のベンチに座った。いつもならいざこざを嫌って避けて、通りすがりの人さえフレームから逃がすようにしているのに。なに熱くなってるんだろ。おれ。ためいきをつく良。

「なにも変わってないのかなあ、あのころと。」

良はコーラをあおりながらふと出会った頃のことを思い出していた。

 

高志とは大学で知り合った。友達となるきっかけはなんとなくということが多いが、このときは違った。今でも俺にとっての奇跡だったのではないかと思っている。

授業で一緒だった何人かで寄り集まって話していたなかで出てきた

精霊流しって楽しそう」

という他愛ない会話に、

「誰かが死んだからながしてるだよ」

と俺がつっこんでいたのを聞いていた高志がこえをかかけてきた。

初対面の印象は悪くはなかった。かっこよくて、クールな感じ。できる奴といったところだろうか。でも、俺は入学そうそう入った写真部の体育会系なノリにいやけがさしてやめたばかりで、話が合う奴に飢えていた。いたが故に無視を決め込み、図書館に逃げ込んだ。

 

人の干渉を避けてきた良にとって、図書館は自由な場所だった。小学校から、からかわれたり、無視されたり、おちょくられどうしで、小学4年生になる頃には図書館の虫となっていた。はじめの動機は逃げだったが、本を通して読むようになったのは、それなりに前向きな成果だった。ただのトロいガキとはいえ、それなりにあがいく過程で、良は自身の考えは理解されることはないという思いを強く心に刻まれていた。結果、良は本を読むことで人を知り、人とのつきあい方を学び、いまの良がいるのだ。

さて、高志から逃げた良は写真集の棚にいた。写真部はやめたものの、写真を撮ることをやめるつもりはなかった。また、ロバート・メイプルソープのリサ・ライオンを見る。ブヨブヨしているとしか思えないビーナスや、ガリガリのスーパーモデルと違って、筋肉による力強さを包む女性としての曲線が、強く印象に残っている。良は女性に対して奥手の方で、セックスアピールをはっきりとする女性とはまともに向き合えないことに負い目を感じている。けど、特に女性を意識させられるミニスカートはつい見てしまう。きっと、男はみんなそうなのだろうと思いながらも、男というステレオタイプに収まっている自分に、ため息が出るのだ。

「うーん」

良は写真集を元の棚に戻し、通路の方を向くと、高志が立っていた。

「やあ、少年。気は済んだかな」

良は無視を決め込み、高志の横を通り抜けようとした。したが、高志に押しとどめらた。

「何か、用ですか」

良は高志に挑みかかる視線を向ける。

「いや、確かめたいことがあってさ」

「なにさ」

良はとまどった。身に覚えがない。なにもない。

精霊流しを出したことはあるのかってことさ」

 

以後、めざとい高志と、わからずやな良は、お互いを隣の芝生として、その青さを競ったり、妬んだりしながらも、友情を深めていった。卒業しても、つきあいは続き、この故郷を旅する旅が実現したのだ。二人とも東京で就職し、これまで盆と正月には欠かさず帰省していたが、今年は帰省せず、観光することにした。言い出したのは高志の方だった。

「ん、ありがとね」

売店のおじさんにコーラ瓶を返すと、市街へ向かう坂を下っていった。

 

小学校卒業式前日、大西恭子は階段から転落し、額を5針縫うけがを負った。卒業式には出れなかったが、適切な治療のおかげで中学高校で額のきずで引け目をかんじることはなかった。わだかまりがあった高志は恭子を見ているだけで、高校からは別の学校になったこともあり、音信不通となっていた。

高志は、幼馴染ってまあ、そんなものと思っていた。

ドラマチックなんて、有りはしない。ただ後悔があるだけ。だった。

告白したらまっしぐらに逃げたられ、けがさせてしまったのだから。

が、恭子にとっては違ったようだ。

中学以降恭子は女子高校、短大と、お嬢様路線まっしぐらだったというのは人づてに聞いていた。で、菅原先生の話は長崎での就職活動の相談で会ったときにでた、男性恐怖で身動きできないという悩みについてだった。

「男の人と見ることができないんです。見られていると思うと緊張して、就活で面接をうけるたびにみじめになるんです」

「いまは、大丈夫かい、先生と二人きりだが」

「ええ、だいじょうぶですね。慣れているからでしょうか、そういえば、父も、弟も大丈夫ですね。」

聞いてみると、相手によるところがあって特にだめなのは同世代、誘惑してきそうなのが怖いそうだ。

「おれぐらいの年で娘ぐらいの娘とつきあっている奴もいなくはないんだがな」

「そうでしょうけど、先生は違うんでしょ?」

「まあ、そうだが。でもそれって、おれは男のうちにはいらないということだろ?。寂しいなあ」

「いえ、そんな」

「男といってもなに、いっぱいいるから。女を馬鹿にするような性根の腐ったやつは相手にしないことだよ。採用のときから、不愉快にさせる会社なんて、放っときなさい。自分あっての仕事なんだから」

「そんなもんでしょうか。。。そんなもんでしょうね」

「もっと、強気でいいんじゃないの。きれいになったし」

「ええ、、、そうですか?」

多少菅原先生が美化されているようだが、こんなところだそうだ。

 

別れ際に菅原先生は痛々しい後頭部を撫でながらこう言った。

「なにはともあれ、後悔は先に立たずだからな。覚悟を決めて生きろよ。死にかけた先生からの忠告だ」

高志は答えることなく

「また来ます」とだけ言うと、病院を出た。

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第5回】(終)

プログラマ探偵(PG.D)」【第5回】

Day2【後編】

 

木崎は少し迷ってから、携帯に入れてある香奈恵の写真を来来に見せた。携帯の木崎香奈恵(きざきかなえ)を見て来来は思わず

 

「ああっ、そんなことってあるんだ」

 

といってから、うろたえ、もだえた。偽名で来来と解解を陥れた人が先輩の妻というのは、衝撃的な事実だった。そんな来来の反応に木崎は

 

「すこしは、お世辞でも言え」

 

と言って笑った。良くも悪くも来来の意図は木崎に届かず、来来は取り直して応える。

 

「美人ですよね。本当に、銀行以来だったけど覚えてましたもの」

 

「はあ、銀行って何のこと」

 

「いや、たいしたことでは」

 

口を濁す来来に、さすがに、木崎も来来の言動に含みがあることに気づいて、

 

「なにか、言いたいのか? はっきり言いたいことがあるなら言え」

 

と声を荒げた。周りが一瞬静かになる。声を落としてといった後、来来は混乱しながらもとにかく話してみることにした。

 

「いや、銀行で仕事したときに合っただけですよ、ただ、そのときは曜(よう)さんだったんです」

 

「はあ、似ていたとかじゃねえの」

 

「いや、見間違いじゃないと思います。声も聞いていますから」

 

木崎は来来が食堂のテレビの声が良いだ、いまいちだと突っ込んでいたのを思い出す。

 

「そうだとして、何が問題なんだ」

 

「何がって、偽名で名乗って、名簿を盗ませたんですから」

 

木崎が黙り込む。なんだか本当に物騒な話になってきた。慎重に言葉を選んで口を開いた。

 

「良くわかっていないが、実際のところを知る必要があるようだな。まず、確実なことだけ教えてくれ。そして、推測も」

 

ひとしきり、これまでの解解、来来の体験と、推論を来来は息もつかず話した。なぜか話せたと来来は感じた。木崎が良く聞いたからである。一通り聞き終えた木崎は、携帯を取り出して、すこしためらいながらも、解解に電話を掛けた。

解解、来来、木崎夫妻が一堂に会したのは、東京ドーム右翼外野席最上段、イベントが見下ろせる場所だった。眼下のミバリ・ビバリメモリアルイベントはというと、開始からおよそ1時間、トラブルもなく、予定曲数の半分を折り返したところだと、解解と、香奈恵が確認しあっている。

 

「あいつら、何で進行を気にしてるんだ」

 

木崎燐光は状況に対する自らの不明にいらだちを隠せずにいた。来来はノートパソコンいじりにかかりきりになっていた。

 

「まだ、なにかあるのか」

 

少し離れている香奈恵たちに声をかける。

 

「いいえ、ないけどちょっと気になってね、もうすぐ始められるから」

 

香奈恵が手を振りながら答える。

 

「おう」

 

燐光は小さく手を振ると、深呼吸をして気分を落ち着ける。落ち着いた燐光は、改めてイベントに来ている人たちに目を向けた。手にした柿ピーを手づかみでむさぼる。缶ビールは持ち込めず、ドーム内ではコンサートでの貸し切りのせいで売っていなかったので、飲み物はスタッフ用のインスタントコーヒーで至極つまらない一人飲みになっていた。

 

「親父たち、まさか気づかないよな」

 

照明がステージに当てられ、観客席はもちろん、外野席はステージの光のみ、いや、来来や解解のノートパソコンで来来や解解の顔はほのかに照らされている。けど、燐光は観客がこちらに注意を払うはずもないだろうと思い至る。ここはあくまでも裏方の位置で、ステージ正面向かいだからだ。

 

「よし、始めよう、何から始めようか」

 

離れて座っていた解解と、香奈恵が燐光の席に向かってきた。香奈恵が燐光の右に座り、その右に解解が座った。来来はずっと左に座っている。

 

「まず、解解たちの話は聞いている。香奈恵、にわかに話を聞いた俺にもわかるように説明してくれ」

 

香奈恵は、うなずき手に持っていたオレンジジュースでのどを潤してから、咳払いをしてから言った。

 

「はじめに言っておきますが、名簿にかんして、これは犯罪にはなりません。だって、銀行はもちろん、霞ヶ関さえ黙認している事なのですから」

 

「いや、実際に目的外利用しているんじゃないの」

 

解解がかえすが、香奈恵は気にとめない。

 

「名簿は会員受け付け終了時の処理で消去済みですから、確認することはもう出来ません」

 

燐光が腕時計を見ると時間は午後8時15分になっていた。香奈恵は頑なに前を見ていた。

 

「香奈恵、わかるようにはなせや」

 

木崎燐光としてはここぞとばかりに怒鳴ったのだが、コンサートの喧噪に押されて解解にはあまり聞き取れなかった。だが、みんな押し黙ってしまったので、解解なりに話をつないでみることにした。

 

「まず確認していいかな」

 

となりの香奈恵がうなずき、解解は続ける。

 

「まず、不倫というのは嘘。そもそも、某部長さんとのメールのやりとり自体無かった」

 

「そんなあ」

 

来来が割り込もうとするのを燐光が手で制すと、そのままと言うままに続ける。

 

「来来君がみたのは受信メールだけで、コピーしたのも受信メールのさん送信分だけ。某部長の送ったメールは全く見ていない。おそらく部長発信メールの返信に見せかけたメールを送りつけてあったんでしょう。さらに言うと、来来くんに不倫を信じさせようとしていた証拠がある」

 

一息ついて、解解は続ける。

 

「あなたが、木崎香奈恵がわざわざ来来くんと会ったこと。こうして会ってみれば明白ね。あなた泣きぼくろが魅力的だから、来来君の誤解にも納得したわ。結局は墓穴を掘ったけど」

 

「まあ、正解ね。男が女を見れば考えることはありきたりだけど、確実に色恋沙汰。魅力云々ではなくてね。あからさまでも、わかりやすい意味付けしたかったの」

 

燐光が口を挟む。

 

「それ、本気で言ってるのか」

 

いえ、受け売りよと香奈恵は少しよそよそしく答える。燐光はそれ以上追及しなかった。皆が静まったのを見て取り、解解は続けて香奈恵の発言にふれる。

 

「本筋に戻るけど、名簿持ち出しの意味についてもう少し詳しくお願いできるかしら」

 

木崎香奈恵は三人の顔を確認すると、

 

「そうねえ、しごとだから。そういうことを聞きたいんじゃないのよね。誰もが一度は口にする可能性を検証するために必要だったからよ。察してよ」

 

木崎香奈恵は核心を話すことをまだためらっていた。再びの沈黙に今度は来来が暴発した。

 

「可能性を検証じゃ何もわからねーよ。ちゃんと言えよ、裏切り者が」

 

さらに痛々しい沈黙が続く。

木崎の二人には意味不明だよねと解解はため息をつく。

来来はっきりとは言わなかったが、曜さんに甘い推論ばかりしていたのはそういう感情を抱いた故と図らずも確認した。さらにまくしたてるかと来来の様子をうかがうが、もっとも、当の本人は後の祭りと悟ってかまた黙りこんでいる。

 

「俺が、察するには」

 

燐光が探るように口を開く。

 

「俺の両親が実は金持ちに分類される存在と知りながら、どういうわけか」

 

燐光はしばらく押し黙った後、

 

「詐欺まがいのたくらみに放り込んだというところなのか」

 

言っといてなんだが、あんまり危機感ないけどなと燐光は付け加えた。

 

「ご両親はきっと賢明に判断されるとは思うけど、息子として助言したいのよね。婦人の行為はきっと身内を信じているから」

 

「それはきれいすぎて聞けないな」

 

解解の取りなしを燐光ははねつけた。が、解解はすでに暴走していた。

 

「半ば都市伝説みたいに言われる話で、団塊世代はかね持ちだから、うまく乗せて金を使わせば景気が良くなるなんて聞いたことないかな、まじめに実験することは出来ないと普通は考える」

 

機先を制され木崎燐光は不機嫌そうに解解を見つめる。

 

「普通じゃないのが、経済産業省のとある部署。団塊世代の金をむしりたい大企業を集めてあるモデル事業を始めた。表向きは、ミバリ・ビバリを使って立体映像の商業化を目指すモデル事業、裏を返すと、ミバリ・ビバリを使って集めた団塊世代のお金持ちに金を吐かせるハウツーの競演なのよ」

 

そこまで言い切ると、解解はペットボトルのジャスミン茶でのどを潤すと、眼下の観衆を一別し、さらに続けた。

 

ああ、哀れにも集められたう飼いの鵜たち。

 

解解は立ち上がると木崎燐光に向き直り、大げさに左腕を差し上げて、観衆を示した。手を胸に当ててさらに続ける。

 

「事業成功には、肥沃な市場、金を持っていてどん欲な顧客が必要なのは当たり前。飲んで無ければ吐きようもないよね。だから、銀行の高額預金者名簿が持ち出され、この祭りで振り分けられ、入場時に加入させられたポイントネットワークによって、欲望の分捕り合戦の火ぶたが切って落とされる。事件が起きるのはきっとこれから。そこの御婦人はそういう企みに私たちを組み込み、苛んだ」

 

ちょっと待ってと木崎香奈恵が待ったをかける。

 

「はっきりいっておくけど、名簿の持ち出しはしてないわ。銀行自身による顧客名簿の用途外利用が表面化しない仕掛けを巡らしただけで、銀行が名簿を安心して出来る手伝いをしただけにすぎない。そして、ポイントネットワークの名簿が完成した時点で、元の名簿が消去されたのは解解さんも確認してたはず」

 

来来が思っていた以上に解解の反応は迷い無く力強かった。

 

「ええ、私は当事者として、告発よりは現実的事態の収束をよしとしただけの事よ。表面化しない仕掛けというのは、使い古された事件の見出しに納めるための、預金保険機構向けデータ作成プログラムの不正動作による顧客名簿窃盗偽装と、事件を彩る不倫の偽装ね。両方ともあくまでもおとりだったてことかしら」

 

「ええ、あくまでもふりだけだった」

 

「運び出しはなかったということでいいのかしら」

 

「あなたたちに見せる見せデータ以外は無かったわ。添付データは本物だったけどごく一部に過ぎなかった」

 

一同は黙り込んでしまう。問いただすべき事が無くなったからである。

 

「すいません、お二人さん」

 

来来が右手を挙げて、解解と香奈恵を交互に見ながら、気になっていたことがあるのですがとある疑義について話し始めた。

 

「木崎夫人は以前から僕と解解のことを知っていたんじゃないですか」

 

僕は覚えがありませんがと勝手にぼやく来来に、木崎香奈恵はすこし首をかしげると、

 

「まあ、話で聞いていたわ。燐光(りんこう)が変な部下が出来たって昔に。ところで、どうしてそう思ったのかしら」

 

いやいやいやと、解解が割り込んできた。

 

「どうしってて言った時点で負けです。あなたの。秘め事が葬られるこのタイミングでこの四人が話し込んでいる状況は、あきらかにあなたの願望が叶えられた瞬間だからです」

 

「なら、あえて聞きます。その願望ってなにですか」

 

「そうですか、なら答えます。共犯者が欲しかった。そして、一緒に安心したかったんですよ」

 

そうですとボソッとこたえると、香奈恵は天井を仰いだ。

 

「すべき行いではないとわかっていました。それでも」

 

「それでも」

 

「話しておきたかったんです。わかる人にそして、わかってもらえた」

 

「はあ、そこまででいいよ。もう謎解きはおしまい。そろそろ仕事に戻りましょうかリーダー」

 

というと、解解は香奈恵の手を引いてさっさと外野席を降りていってしまった。その件について話すことは結局二度と無かったし、話すべき状況もまだ起きてはいない。

 

その後、解解は木崎香奈恵とメールをやり取りを始めたが、内容については来来に話すことはなく、来来と木崎燐光とのメールについて解解に話す事もなかった。空騒ぎに終わった「預金者名簿窃盗騒動」の言い出しっぺとしてこの状況は

話す勇気と話さずにいる決意がお互いに備わっていると信じればこその沈黙であると来来はとりあえず思うことにした。

 

おわり

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第4回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第4回】

Day2【前編】

 

男は、ボトルコーヒーをコップに注ぐと、帰宅直後に立ち上げておいたノートパソコンを開いて起動パスワードを打ち込んだ。起動完了までの間に、郵便物を整理するのが木崎燐光(きざきりんこう)帰宅後のいわば事務作業だ。マンションを買ってさらに家も買えってかとつぶやきをコーヒーで流し込むと、宛先は切り抜いて、シュレッダー横の箱へ、残りは古新聞入れに入れていく。パソコンが起動すると早速メールの整理を始めた。木崎宛のメールも例によってほとんどがスパムメールだ。スパム振り分けツールの結果も、3対51でスパムの圧勝のようだ。便利だとは思いつつも、木崎は、タイトルも見ずにメールを捨てるほどスパム振り分けを信じていない。通販サイトのメールのように同じ発信元で購入確認と、

スパムメールを送ってくることもあるからだ。

 

携帯がメールの着信でふるえた。即座に内容を確認する。父からのメールで、内容は父と母で、今週末に上京するから土日を空けとけとだけかかれていた。あったら面倒だと思っていた金曜日の夕方の早退はなくなり、土日に両親の接待するところで落ち着いて、燐光は安堵すると、冷蔵庫からソーダを、食器棚からウイスキーを取り出して、ハイボールを作る。

 

10月の頭に上京すると言いだしてから半月のあいだ、両親は上京カードを出したり引っ込めたりしていた。接待するなら、香奈恵の両親の相手よりは気楽だが、なあなあで話を進めてくるので毎度予定が狂い、そのたびに燐光はいらいらさせられていた。さらに年末期限で年末進行確実のプロジェクトが進行している状況の先延ばしは、「踏んだり蹴ったり」を思わされ、なおさらにいらいらしていたのだ。

 

メーカーの景品のグラスに気持ち多めにウイスキーを入れ、ソーダをそっと流し入れる。氷を入れて一混ぜしたところで、香奈恵(かなえ)が帰ってきた。

 

「午前様、ご苦労さん」

 

ええ、と玄関から疲れた声が聞こえたがそのまま寝室に入ったようで、再び静かになった。香奈恵は寝ないと駄目な人なのはわかっているので、構うことなくパソコンの前に戻った。煮え切らない両親のためにと、香奈恵が持ち出したのが、ミバリ・ビバリのメモリアルイベントの話だった。おやじたちの世代にとって、ミバリ・ビバリは死後30年すぎてもなお偉大な存在で、ビバリファンにとって東京ドームのこけらおとしコンサートはまさに伝説だった。ライブの殿堂をビートルズの武道館からビバリのドームツアーに書き換えたといった歴史的な意義以上に、最後の輝きを見せつけ、燃え尽きた生き様を象徴していた。試験的に提供される立体映像装置による再現の程度は木崎には計りかねたが、香奈恵が招待券と飛行機を間髪入れずに手配したおかげで、木崎の父と母はメモリアルイベント当日に飛行機で上京するのは早々と決めることが出来た。

 

東京での手配が大方済んでいたにもかかわらず、燐光が最後まで手こずったのは、父の「たまの上京なのだから空港からの送迎ぐらいしろ」というこだわりをあきらめさせることだった。説得をやりすぎて、挙げ句、メールでは無視されたが、まあ、

 

「土日でゆるしてやろう」

 

というところだろうと燐光は解釈しておくことにした。寝酒のハイボールを開けると、燐光も明日に備えて妻が寝ているであろう寝室に向かった。

 

カフェインとウイスキーのチャンポンで明けた木崎燐光の体調は朝から最悪で、正気を取り戻したのは昼休みも間近のことだった。いつもは社内食堂で昼を済ませるが、胃がむかむかしていたので外出して喫茶店で社食をやり過ごすことにした。

 

「めずらしい、引きこもりがいたよ」

 

入店するなり燐光が思わず声を上げたのは店内に解解倫子(げげりんこ)がいたからからである。燐光を見るなり、倫子は思わず立ち上がったが、出迎えるでもなく、立ち尽くしている。燐光は歩み寄ると、左手を出しかけて右手を出したが、倫子が左利きであることを思い出して、左手を差し出した。倫子はあっさりと握手して、何事もなかったように、座ってノートパソコンの画面に視線を戻した。

 

「あいかわらずだね、いや、引きこもりに磨きがかかったかな」

 

茶店の角をキャリーバッグとノートパソコンだけで別空間にしてしまう様は、さながら引きこもりの出前のようで、周りの席はきれいに空いていた。燐光は隣のテーブルに座ると、ミックスジュースを頼んだ。倫子は無表情にノートパソコンに向かっている。

 

「最近は、何してるの」

 

「いろいろ、ぼちぼち、あいかわらず」

 

倫子は燐光と視線を合わそうとしない。燐光の相手をする気はないらしい。燐光がノートパソコンをのぞくと、プログラムのコードが高速スクロールしている。プログラムを作っているようだ。

 

「まだ、業界にいたんだ」

 

「まあ、一番稼げるからね」

 

倫子がカフェラテの最後の一口を飲み干し、泡を袖でぬぐう。

 

「そういえば、思い出した」

 

キャリーバッグからもう一台ノートパソコンを取り出すと、ネットブラウザーであるページを表示させて燐光に示した。

 

「今日の、これ知ってるかな、一枚かんでるんだ、わたし」

 

「へえ、そうなんだ、びっくり」

 

燐光は引きこもりの解解とミバリ・ビバリメモリアルイベントの組み合わせに意外性を感じた。メジャーな仕事はプレッシャーがきつくてとかいつも言ってた事を思い出す。

 

「で、ぎりぎりまでデバッグかい、ひどい客だね」

 

「いつもなら、ぶうぶう言うところ。だけど今回はラッキーのほう」

 

ノートパソコンにむき直った倫子になにげにどうしてと聞くと、

 

「このイベントに殴り込みに行く口実がほしかったところだから」

 

「そう」

 

あらぬ方向の発言に燐光はまともに反応出来るわけもなく、相づちを打つのが精一杯だった。木崎燐光は相づちを打った手前、隣の解解倫子に無視を決め込むことが出来なくなった。とはいえ、何も思いつかない燐光はそのまま、倫子の様子を見ていた。

 

無表情ながら一心不乱にプログラムに打ち込む姿は、以前同じ職場にいたときと変わらなく映った。後頭部で束ねた髪型は代わり映えしない仕事用の髪型だが、殴り込み発言と合わさると、倫子の様子が討ち入り前の苦悩にも見えてくる。しようがなくなって、燐光はつい、突っ込みを入れてしまった。

 

「それって、ちょんまげか、討ち入りにちなんで」

 

燐光はあえて笑ってみせる。むりやりに。倫子は燐光に向き直ると、乾いた笑いで返した。

 

「盗みの片棒を担がされた雪辱を晴らしに行くの。すごいでしょう」

 

さらりと、危ないことを。相変わらず口が悪いと思いながら、燐光はすかさず返す。

 

「なにをぬすんだんだ、ほんとなら、おまえも同罪だろうに」

 

「うーん、説明しがたいな。ぶっちゃけていうなら、お金持ちの名簿」

 

昼休み終わりの少し無理に仕事をこなす職場で、燐光は倫子の話を思い返していた。銀行の顧客名簿なんて、せいぜい、電話セールスに使われるのかと思ったら、政府も協賛しているミバリ・ビバリメモリアルイベントの観覧者選抜に使われていた形跡があるという。といっても、証拠はなく、手持ちの盗まれたリストのコピーと、観覧者のかなりの人数が一致したからで、担いだ奴を探しに行くと倫子は言っていた。あくまでも憶測でしかない話だったので、流してしまおうと思ったところで、携帯が震えた。倫子からメールが来ていた。

 

 わるいけど、喫茶店に忘れ物した。引き取って預かっておいて。

 喫茶店には電話してあるから、今日中に取りに行って

 

面倒なメールが来たな、どうするかなと燐光が返事をためらう間に、会議の時間が来たのでとりあえず、保留することにした。その後二時からの会議は、顧客側の都合で流れてしまった。もともと、顔合わせ程度の扱いだったので流れたのもしかたないかなと木崎燐光は見ている。だいたい、集まっても金になるのは来年の話で、忙しいなかやるもんじゃないと思うのがまあ相場だろう。

 

この会議のせいで延期した会議をメールで再招集を考えたが、何人かが別の会議がすでに行ってしまっていたので、どうも無理らしいとあきらめた。手持ちぶさたになったので、燐光は残っているプロジェクトのメンバーの席を、作業の進み具合を聞いてまわる。スケジュール表を更新するためだ。

 

「やった、遅れが無くなったぞ」

 

スケジュールはすこぶるご機嫌な様に仕上がった。外面を気にしたつじつま合わせの報告も混じっているだろうが、燐光が見た限り、大きな問題は期限まで一ヶ月を残して残っていない。プロジェクトは成功する予感から、成功の手応えに近づいたと感じる燐光だった。このままいけば。席で反り返りながら肩を回す。解解倫子のメールを改めて考える燐光。周りを見回す。やはり職場はそれほどぴりぴりしていない。今週末の休日出勤はゼロとの報告も受けている。

 

「行くか」

 

と燐光は意を決する。そっと、課長の席に行くと、

 

「今日は定時で帰ります。ちょっとお使い頼まれてて」

 

課長の良い週末をの声に送られて、燐光は忘れ物を届けるお使いに向かうのだった。

 

閉店後の喫茶店主に恐縮しながら忘れ物のトートバックを受け取ると、木崎燐光は、地下鉄に乗り込んだ。遠回りになるし混んでいたが、乗り換え無しで後楽園駅までいけるので面倒がない。というか、燐光にはトートバックが重くて、急ぐ気がまるで起きなかった。トートバックの専門書をかき分けてノートパソコンを引っ張り出して膝の上で開く。

 

「お、ロックされてない」

 

壁紙が茶畑なのに苦笑した燐光、メーラーを開けてメールを見てやりたいといったのぞき趣味にとらわれるが、とりあえず押さえ込んで閉める。思わぬ状況に遭遇したからである。思わず燐光はつぶやいた。

 

「あれ、香奈恵(かなえ)じゃないか」

 

思わぬ遭遇を問いただすことに、木崎香奈恵の夫として誰に後れをとることは何もなかった。なかったが、連れがいて声をかけるのはためらわれた。燐光の席と連結をはさんだ隣に解解倫子と香奈恵はいた。なにもできないまま、燐光は後楽園駅に着き、倫子と香奈恵も、気づくことなく、東京ドームに向かっていった。

 

すでに後楽園駅前から人が多くなっていた。

 

燐光は、倫子に落ち合う先を問い合わせるメールを出すと、駅の喫茶店に入った。すぐにメールで解解倫子が

 

忘れ物の引き取りには代わりをよこす

 

とメールを返してきた。

 

しばらくして、周りがすっかり仕事上がりの客に入れ替わった騒がしい喫茶店に男がのそっと入ってきた。木崎は右手を挙げて、男を向かいの席に招き入れた。男は社会人になって初の新卒入社の後輩だった来来(くるき)だった。

今でもメールのやりとりは続いている。木崎は来来が解解と組んで仕事していることも知っていた。久しぶりの再会にも別に驚くことはなかった。忘れ物のトートバックを渡すと、来来はノートパソコンが無事であることを確認すると、

大きなため息をついた。

 

「そんなに、おおげさな。ちゃんと持ってきてやったのに」

 

コーヒーを飲んで一呼吸ついてから木崎は毒づいた。

 

「いや、こいつ、不運というか、ゴミを払うとキートップが飛ぶし、倫子さんに貸したら忘れられるし」

 

来来は弁解したが、木崎は聞き流して、電車での件について聞いてみることにした。

 

「ここに来る電車で解解を見かけたんだけど」

 

「え、そうですか、声かけなかったんですか」

 

「いや、一緒にいる人がお客さんだと悪いかなと思ってかけなかったけど、気になってね」

 

「気になるって、ってことは、」

 

「ん」

 

「たぶん、琴橋香奈恵(ことはしかなえ)さんですよ。今回の仕事仲間で数少ない女性で、きれいな人って言ってましたもの」

 

木崎はちょっと引っかかった。言ってました、って

 

「おまえは、会ったことないのか」

 

「ええ、今日は解解さんとはべつの仕事です。(来来は)仕事上がりにかり出されただけですけど」

 

木崎は少し安堵した。やはり仕事での関係か。電車で見た二人は対等というには解解はおとなしくて、小さく見えていた。やはり解解が友達に調子合わせるわけはさすがにないか。ほっとしたら、香奈恵をきれいな人と言う来来に釘の一つも刺してやりたくなった。

 

「実は、彼女は俺の妻だ。琴橋というのは旧姓で、今は木崎香奈恵が本名なんだ」

 

「えー、そうなんですか、すごい偶然ですね」

 

「まあな」

 

照れる木崎に来来が食い下がった。

 

「じゃあ、紹介してくださいよ」

 

つづく

 

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第3回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第3回】

Day1【後編】

 

来来が堂々巡りをしている頃、

解解は風呂場から部屋の様子をうかがっている。

風呂場に着替えを持ち込んでいないのに、

来来が居座っているからだ。

 

解解は迷っていた。

 

風呂上がりの裸で無防備な女にとってみればどんな男でも

十分怖い。追い出したい。追い出したいが、

自分の出した宿題に取り組む来来(くるき)に

いやな気分で帰ってもらいたくはないのも本心だった。

 

怒鳴ったら帰るだろうか、いや、あり得ない。

 

「そろそろまずいよね~鳥肌たつし」

 

小さくつぶやく

湯冷めした体を湯船で温めなおしながら考え続ける。

給湯のみで追いだきが出来ない風呂ではそれも限界。

限界だった。

 

バスルームのドアが開く音にびっくりして振り向くと、

半開のドアから発射された解解の目線が来来にぱちんと合うと、

 

「風呂出るけど、着るもの忘れたから、あっち向いてなさい」

 

と来来に大声で命じるなり、バスルームから、寝室に駆け込んだ。

慌てて下着を着け、寝間着に愛用しているジャージに着替えて、部屋を出ると、

来来が少し怒っていた。

 

「なんだ、タオル巻いてるならいいじゃない、

恥ずかしがらなくても、ましてや怒鳴らなくても」

 

居座っていたくせにその言いぐさはあんまりだと

言うと解解は来来の向かいの席に座り、でもと話をつなぐ、

 

「あのタオル、子供っぽいから見られたくなかったの」

 

腐れ縁の君であってもね。目線を落とし、少ししんみりする解解。

一方来来はなんだか上の空になっている。

解解の動揺に気づく様子もない。

会話の糸口をつかもうと、解解が、

髪をかき揚げて意味ありげに振る舞っても、

下を向いて黙りこくっている。

 

「どしたの?、悩まなくていいよ、怒ってるわけじゃないから」

 

来来の肩を揺する解解。

 

ぱしっ。

 

解解の手を来来は振り払うと、顔を上げると、

 

「わかった。たぶん。破綻メールのなんたるかではなく、そこにある理由が」

 

「やっとわかったか」

 

解解は心の中で覚悟を決めた。

 

解解(げげ)は、ネットブラウザーのブックマークから、あるサイトのQAコーナーのページを開いて見せた。

本当は来来(くるき)くんが見つけるハズだったんだけどねと言いながら。

 

 

 

 

 

預金保険機構 ウエブサイト http://www.dic.go.jp/qa/qa.html

預金保険制度の解説-制度概要及びQ&A- (一部)

 

 金融機関は、平時から名寄せ等に必要な預金者データを整備し、

破綻の際には預金者データを遅滞なく預金保険機構に提出することが義務付けられています。

この場合に、金融機関が預金保険機構に提出するデータの具体的な様式を定めたものが「機構指定フォーマット」です。

その内容は、預金者の(カナ)氏名、生年月日、住所(法人の場合は(カナ)名称、設立年月日、所在地)、

電話番号、口座番号、預金等の元本及び利息額等の項目で構成されています。

 金融機関の破綻時に、正確なデータが預金保険機構に遅滞なく提出されないと名寄せ等ができず、

迅速な預金者保護が困難になります。

 このほか、金融機関には破綻時に支払対象預金の円滑な払戻し等を行いうるようシステムや手順の整備を

日頃から行っておくことが義務付けられています。

 

 

 

しばらくスクリーンを前に首をひねったり、うなずいたりする来来。

解解を見つめると、

 

「確かにこれが必要な知識ほぼすべてなんだよね。何もわかっていなかったわけだ。納得」

 

「なら、自分の言葉で推理してみなさい。さあ、さあ、さあ」

 

肘鉄を繰り出す解解に、うれしくなりながら、来来は話し始めた。

 

破綻処理メールは送信したプログラムが、最後まで動作したなら作成されるデータは、

高額預金者の一覧になりうるリストだ。これまでの情報持ち出し事件からいっても、これはそれなりに価値があるものと思われる。

破綻処理メールはおそらく、その一覧を作ろうとして誤送信されたもの。

もちろん、銀行には情報持ちだし防止のための決まりやシステムがある。

おそらく、持ち出しをブロックしているシステムの方はくぐり抜けたけど、持ち出した足跡が消せなかった。

足跡がシステム残ったままだと後で追求を受けるから、足跡を消すために、俺たちを雇った。

 

一気に語ると、コップを持って冷蔵庫に駆け寄って、お茶を汲んで一気に飲み干した。

 

「まあ、合格ね。変に落ち着かない点をのぞけば」

 

来来のお茶を受け取るとコップに注ぎ、おりを覗く。

解解は落ち着き払っていた。

 

「それに見解の相違もあるのよね。そして、奇妙な事実」

解解もお茶を飲み干した。

 

つづけて、犯人は誰だと問われて来来(くるき)は

 

「システム部長が、妥当な線じゃないの」

 

浮かない顔をする解解(げげ)に念を入れるように

顔をのぞき込むと、会うのをキャンセルしてるしねと付け加えた。

なんだけど、といいながらテーブルに突っ伏す。

 

「なにか通らないかんじなのよね。土段場でキャンセルしたことが。私は、曜さんに会わさせされたんじゃないかって、思ってる」

 

「何が引っかかってるのかわからないんだけど。予定外の何かがあったんじゃないの、たとえばさ、送別会が長引いたとかさ」

 

解解は、顔を上げて、

 

「言うこと支離滅裂。相手は知能犯罪を犯しているのよ、ちゃんと考えるところだよ。ここは。

彼女は出てこない方が都合がいいはずなの。どんな会社でも役職者より一般社員が圧倒的に多い。

派遣の課長っていないでしょうまず。後で身元照会かけられた役職者はどうせ逃げようがない。

部長が共犯なら彼女は無駄に危険を冒したことになる。

さらに不倫をにおわせていたメールのことを併せて考えると顔を覚えられる可能性が高くなる。

仕事終わりの話題も曜さんだったよね来来君」

 

ああと来来は気のない相づちを打つ。一気に話した解解は、あらためてため息をついた。

 

「わかりやすく言い直すと、一連の行動はあくまでも不倫がらみの話だと印象づけようとしているように見えたということ」

 

「不倫は見せかけと言うことか」

 

「そういうことになる」

 

自分の見方を否定された形になった来来が思わず逆上する。

 

「すべて見せかけっていうのか。じゃあ、何を不倫に見せかけたってんだよ、

そもそも、犯罪を隠せてないのになぜひっかけようとするんだ」

 

両手をあげて解解は来来の勢いを制すると、

 

「ラジオの時間だからちょっと待って」

 

というと、ミニコンポに駆け寄って、しばらく操作すると、

テーブルに戻ってきた。

 

「ネットの再放送って、曲抜きでいまいちだから」

 

とだれとなくいいわけをする解解に、

来来の勢いもさすがに失せてしまったのだだった。

 

あら、しらけたのと言うと、わざとらしくヨイショと言ってテーブルに着くと解解は何もなかったように話をつなぐ。

 

「足跡を消させたことさえ、必要な作業だったのか。と思えるのが曜さんの登場ね。

顔見せしたらメールで第三者に依頼した意味無いじゃーんて。全く混乱させられるわ。

あえて意味付けするなら誤解を招くための雑音が欲しかったんじゃないかってね。思うのよ」

 

少し長く沈黙が流れた。

 

「名簿ってそんなに高く売れたってきいたことないよな」

 

「そうそう、はした金で犯す罪かって思えてならない。こんなに賢いのにって思えて仕方ない」

 

来来の疑問は、解解の難題だった。意見が一致しても、

 

「盗んだ名簿の使い道かあ」

 

行き止まりに行き着いて、何となくお開きとなった。

そして、この謎ときは突如として二人の前に現れるのだが、

それはしばらく後のことでになる。

 

Day1 終了。 

 

翌日ではない「Day2」に続く。