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”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【第4回】

「最後の観客(Last Audience)」【4回目】

 会長はあご髭をなでている。傘もささずに気難しそうな顔をしていた。ちょっと怖かったが、こっちに気づくと、にこっとしてみせる。出て行く前から想像してはいたが、辺りの木は燃えてしまっていた。この状況を見てなお笑ってみせる会長はいや、やっぱり怖い。

「待ちきれなくて来てしまったよ、本当に世話のかかる子だねキミは」

会長が手を伸ばして来て、フィアを受け取ろうとしたが、俺は無視した。

「おや、生意気にも保護者気取りですか。いいのですよ。キミがいいなら。気も立っているようだし。車をまわすから」

俺は黙っていた。というかあっけにとられる展開で言葉もない。

「あと、子どもたちはもう街に送ったよ。一人残らずね。この山は閉鎖したはずなのだけどね、あと、遅れは遅れでなんとかしたから、とりあえずは大丈夫。問題ないから」
「トリエナス先生は残念な事をした。いろいろあってね。本当に残念。車来たから中で話そうか」

乗って来た車よりいくぶんきれいだが地味な車が下から来て、会長の横につく。会長が観音開きのドアを開いたので、フィアを抱え、倒れ込むように車に乗り込んだ。会長は助手席に乗り込む。車は静かに発進した。あっというまに車が峠を越えた。全てがおざなりのままに、俺達は峠を越えた。十年ぶりかの街が小さく見える。峠を越えるまでは今も街はあるのか自信がなかったが、とりあえずまだそこに街はあった。山を下って行く。この辺りに関しては何も覚えていないが、何の事はない林道のようだ。上りに比べると倍は広い道だが、それだけの事に見える。しばらく行くと、車は川沿いに出ていた。気づくと、会長と運転手が、帰ってからの段取りを話し込んでいる。腿の上に頭をのせていたフィアがもそもそと体をよじっている。起きたのかと聞くと、前部座席をみつめたまま、

「いや、まだいい。それよりこれ落ちていた」

と差し出してきたのは先生の日記と手紙だ。

「あれ、落としていたっけなあ。まあ、いっか」

俺が改めて日記を仕舞うと今度は

 

「どの辺りを走っているかわかるか」

と聞いて来た。俺は見たままに

「川沿いの道を川下に下っているようだが、どの辺りかは見当つかない」

そうと答えるとフィアは、

「ヘックショーン、へっく」

とわざとらしいくしゃみ。そして、起きましたかと言って振り向いた会長に、起き上がったフィアは言い放った。

「ママ死んでいるなんてことないでしょうね」


*****

 

会長はうなずくと、運転手に耳打ちをした。車が止められ、会長は俺とフィアを川辺へ誘った。

「さて、何から話したらいいのか」

たいそうなことだ。さっきははぐらかしといて、今度はおおげさに、車を止めて雰囲気を出して
なにを言い出すのやらだね。

「実は、トリエナスさんは、ヤン君を街に呼び寄せる事に反対していました」
「だから、なにか」

フィアはいらだつが、かまう事無く会長は続ける。

「ええ、我々は彼女の説得を試みました。あと少しで”魔術師の解放”が叶うのに、今のままでいいと言い張るのです。そうそう、証を立てるのがヤン君というのも気に入らないとも言っていましたね。さんざんやりあいましたが、埒があかず、結局我々は彼女の声を無視する事にしました。街に住むものの99.9%が賛成する事をやめる事はそうそう出来ませんからね。でも、それがかえってよくなかったようです。どのようないきさつかはわかりませんが、消したはずの入れ墨を入れ直してしまい、その入れ墨が暴走したようです」
「それで、どうなの」

フィアはうつむいたまま言った。

「たぶんですね、ヤン君を説得する気は無かったのでしょうね。とりあえず先ほど試した限りでは、彼女の術は自分はもちろん相手がどうなろうと術を止める事は出来ないものらしく、止める事は出来ませんでした」

まどろっこしさにたまらなくなってフィアは会長につかみかかる。かかるが、喉元には手が届かない。

「だから、ママはどうなったってきいてるのよっ」
「で、結局は、彼女には”プネ”で療養してもらう事にしました。あそこなら周りに何もありませんし、人の出入りも少ないですし」
「それで元に戻るのか、どうなのだ」
「わかりません」

会長は首を振る。今にして思えば、放っておくべきだったかもしれない。けど、黙っていられなくなって俺は、突き放すように言った。

「倒れても仕方ないのじゃないか、先生が追いつめられたかどうかは別にして、無茶をしたんだから、な、それに、あそこなら安心だ。俺の家みたいなものだからな」

「そう。で、会長さん、言いたかったのはそれだけか?」

「ええ、そうです。あと、街の方もいろいろありまして、こちらとしてはあなたに車を用意する事が出来ません。ですから、母上に付き添いたいというのであればそろそろ潮時、街境につく前に飛んでいかれたほうがよろしいのではということです」
「そう。了解。そうするわ。さっさといえばいいのに」

フィアは会長をつかんでいた手を離すと俺の方にすたすたと歩いてきて、胸ぐらをつかんで思いっきり引っ張って来た。不意をつかれてうつ伏せに倒れる俺を踏みつけてフィアは

「あんたには失望した。人の気も知らないで。あんたなんか会長に舐め殺されちゃえばいいのよ。会長のフンめ、礼はあとでまたな」

と叫んだあとに、

「死んじゃ駄目だよ」

そっと小声で言うと、そのまま

「たつまき、かえる」

と詠唱して、あっという間に来た方向へ飛んでいった。起き上がろうと体を起こそうとすると会長が駆け寄って来て手を取って起こしてくれた。

「急ぎましょう。みんな待っていますよ」

そうだ、街は俺を待っているのだ。十年来の約束が俺を待っている。気分が高まってくるのが感じられた。


*****

 

会長の注文で連れて来た子ども達、レン、ケン、ラルーとは、街境の検問所で合流できた。

「大丈夫だったか」

ラオがいた。耳を押さえるそぶりをしながら苦笑いしている。

「おまえこそ大丈夫だったか。ヤン・ファン。こいつらは耳にこたえるな」
「もう戻っていたのか」

と言ってから気づく。山でだいぶ油を売っていたのだっけ。

「俺たちをむかえにきていたのか、ご苦労様でした、てところか」

とちょっとおどけてみせる。

「おうよ、街に戻ったらまだ着いていないっていうから、びっくりしたよ」
「まあ、いろいろあったのさ。それで会長は?」
「ああ、明日の準備に戻ったよ。そもそも会長には、君たちの出迎えになんか本当は出る暇なんてなかったのだ。でも、わたし位しか安心させる事は出来ないだろうって、無理を通したのだ。全く、おまえ、何もわかってないのだから」

「じゃあ、トリエナス先生の事はなんなのだ。それはひどい事になっていたんだよ先生のせいで山は」

ラオは言い返しては来なかった。しばし二人して沈黙。ラオの態度からは、ただ押し殺しているという事しか見て取れず、子ども達にも気まずさが伝わったらしくソワソワし始めた。仕方ないな。といった感じで首を振りながら、ラオがこれからの事を話した。俺が明日、街が作った魔法機械と戦う事、レン、ケン、ラルーはそれを見届ける証人としてこれから俺とは別行動になる事、そして

「お前の相手は俺がする。これでも、街最強の使い手なのだぜ」

 

と言って笑いながら力こぶを作ってみせる。すると子ども達が腕に群がってきた。

「俺は、お前を倒す最後の機会を得て、本当にうれしいのだ。 でも、お前には同情もしているのだ。身内に倒されるなんてな。こちらからすれば”やられ役”の君なのだけど、きっちり倒したいし、一方的に相手の手のうち知っているのはいくら何でも不公平だよな。ちょっと見せてやるよ俺の空かける美脚を」

そういうと検問所から少し離れた城壁の左側の駐車場に連れて来た。整然と止められた車と一緒に停められている引き車に近づくと、荷台の布を取り外した。荷台には鎧らしき金属の人形があった。城によく飾ってある感じで、きれいに磨かれている。

「どうだ、かっこいいだろう」

ラオは、自慢してみせる。俺が鎧なのか魔法機械ってのはと聞くと、

「使い手によるけど、何も考えなくても扱える鎧にするやつは結構多いよ」

 

屈託なく子ども達は早速鎧に駆け寄って、べたべた触っている。

「すべすべして気持ちいーよ」

ラルーがぜひとも触れと手を振っている。子ども達は目にしている魔法機械のために街から追い出されたことを知らされるはずも無いからな。俺は笑顔で手を振り返すが、身動き出来なかった。誰のせいでもない。俺の記憶が全身を縛り付ける。大丈夫かというラオの問いに、大丈夫としか言えなかった。


*****


 対決する魔法機械を見て身がすくむという、敵役としては非常にまずいところを見られて、向こうにとってもまずいことなのは言うまでもなく、結果大事を取らされて俺は晩飯もまだのうちに部屋に押し込まれてしまった。飾り気が全くない殺風景な部屋だ。ベッドと机と椅子が一つずつあるだけ。出入り口には番人のおまけ付き。こんなときは寝てしまおう。ベッドに横になった。

疲れているはずだが、いろいろあったおかげでかえって目が冴えてしまって寝られそうにないおまけに外は昼まで、明日の準備なのだろうか、まだまだ騒がしい。落ち着きたいときに限ってこういうことになる。窓からのぞいてみると柱を組み合わせて、板をはわせている。足場を組んでいるようだ。いや、はわせる板が階段状にずらされている。ははあ、明日の見せ物の特等席作りという訳か。それにしても、遠慮というのがない。杭を打ち込む音に始まり、どうでもいいことでの怒鳴り合い。まったく。昔は…覚えていないが年を取るのが嫌になる感じだ。

なにか耳栓になるものは無いかとまさぐってみると、ドングリがでてきた。耳栓代わりに耳に詰める。それなりに騒がしいのはましになったが、やはり寝られそうにも無いやはり思わずにはいられない。会長に命を救われたときから戦争の道具としてのみ生かされてきた魔術使いの解放のために命を懸けると、約束したこととはとはいえ、魔法機械と戦って(おそらく)死なくてはいけない。もちろん怖い。さらには、勝ちたい振りをしながら死のうと頑張るのは気が重い。

会長に救われた命とはいえ、むちゃくちゃだなあ、全く。ああ、退屈で狂いそうだ。俺は、退屈に負けて先生の日記を改めて読む事にした。日当たりが悪いのでランプを点ける。ランプの火が燃え移るのが怖いので、机で読む事にした。

最初に書かれていたのは魔術事故で生き残った少年の話。少年の父親は戦死しており、母もこの事故で命を落としている。調査全権が現会長に握られていて、一魔術師である先生は少年に近づけないこと。この少年って俺の事か?この生い立ちからするとそんな気もする。しばらく読んでいくと、その後、少年と学校で対面したが、事故に関して何も聞けなかった事が記してある。なんでそんなに話をしたいのだろうか。この日の事は覚えている。この少年は俺だ。これは覚えている。

戦場に行っている会長に出す手紙の書き方をトリエナス先生に習いにいった時の事。あのころ俺は、会長なら全てわかってくれると思い込んでいて、あった事を何でも書こうとして文章にならず、困って相談した。あの時しきりに、魔法機械に触ったかとしきりに聞かれてうんざりしたっけ。確か

「触ったが、だから爆発が起きたという事は無かった」

と答えたように思う。言われてみれば爆発は母がうずくまったあとに起きた。先生に指摘されてそうだと答えていた気がする。その日の日記には

「会長はまたやるかもしれない。そのときに備えなくてはいけなくなるのかもしれない」

この書きぶりだと既にこの頃から会長に不信感を疑っていたのだ。ちょっと謎が解けたし、いい具合に頭が疲れてきたようだ。日記をおいて俺はベッドに再び横になった。

オーイ

耳鳴りがする。ドングリをとってまた着けてみる。ヤン、ヤン、ヤンやーいん?声か?聞こえているなら返事しろーヤン、ヤンうるさいな聞こえてるよしゃべってるの誰だ

「フィアです。ゲロまみれの」

 

返事が返ってきた。本当にどこかからの声らしい。よーくわかったよ。で、なんか用か?

「ああ、間に合った。ほんと良かった」

なにが

「仲直り出来て」

唐突にかつ、勝手なことを言うやつだ、全く。

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【3回目】

「最後の観客(Last Audience)」【3回目】

何がなんだか、わからないままの俺に代わって、フィアをなだめたのは、ケン、レン、ラルーだった。といっても、フィアに泣いて抱きついただけだが。それで、我に返ったようだった。その後の温泉ときのこのフルコースで、俺はたちまち立ち直った。リーフその他の子供の話では、森が深いので夏は涼しいし、冬も温泉があるのであったかいとのこと。きのこも、木の実も、ウサギも取り放題なので、食うにも困らないということだ。数日の休養がすぎて、俺の体調が元に戻るころには、いきさつ上俺に対しては近寄りがたそうにしていたフィアとも落ち着いて、話ができるようになっていた。

「聞きたいことって今度は何?」
「どうして、こうなった。俺が気絶している間のこと、面倒なところも、いちいち説明してくれ」

フィアは少し黙ると、食堂に使っている洞穴の上の方のくぼみに目をやった。そこには、ろうそく置き用に掘ったと見える小さな横穴があった。フィアはイスをそばに寄せてその上に立ち、横穴に手をつっこんで何かを取り出すと、投げてよこした。

「これを読んで。私、でてるから」

紙の包みをちらっと見たあと、逃げるようにフィアは出ていった。紙の包みを縛っている糸を解くと中から、封がされた手紙三通と、本が出てきた。手紙は封筒に入れられ、開け口には手書きの「封」の字で封がされている。表にはそれぞれ、一、二、三と数字が振ってあり、裏にはトリエナスと署名されている。本を見ると、背表紙には「古語辞典」とあるが、開いてみると印刷された本ではなく、手書きの文字で埋められている。日記帳のようだ。

内表紙には、「最後を見届ける人へ」となっていた。題名になぞかけめいた意図を感じつつ俺は、一通り読んでみることにした。


*****

トリエナス先生の残したであろう本をパラパラとめくって見た限りでは、やはり単なる日記帳のようだった。手書きの本だといくら文字が綺麗でも、量をこなすのは大変だ。おまけに、内容が整理されていないようだ。めんどうだな。でも、フィアは逃げてしまったので読むしかないようだ。残された日記ということは、最後の方に重要なことが書いてあるのが相場だろう。ということで、最後から読んでいくことにした。

一月二十三日
フィアについての調査は今日の報告会で一段落。会長から今後は親代わりをしろと言われる。返事は待ってもらうことにした。

養子であることを隠して、未婚の子持ちになれというのだから、世間的にはよくはわからないが、思うに変な話だ。

数行の空白の後、インクの色が変わっていた。後で書き足したようだ。

夕方にトレソが催促に来た。結局受けることにする。終わろうとしている入れ墨を伴う術の伝承は誰かがしなくてはいけない。この機会は逃してはいけないと思う。彼女を茨に寝かすことになっても。

そうか、と思わずつぶやく。

フィアは、トリエナス先生の養子だったのだ。そして、そのことをこの日記で知った。逃げようのない事実を突きつけられた。その記憶がまだ生々しいのだろう。だから、それを知られる瞬間に立ち会うのはいたたまれなかった。逃げたのだ。


*****

 日記は、あまりおもしろくなかった。連続して起きた事故にまつわる噂。無責任な上層部への八つ当たり。魔術師協会への非難と妬み。通して読んでみると日記を書いていたのは、原因不明の魔術事故が多発し、魔術使いが街から追い出されてしまった苦しい時期だったことがわかる。それに、日記の最後にあったフィアに関して調べたことについて書かれていない。ちょっと引っかかる。違和感がある。調べたであろうフィアに関する情報はもちろん、どこかへ調査で出かけたとか、誰かと会ってはなしたとか、最後と結びつきそうなことは何も書かれていない。どうしてだろう?調査内容は秘密というのは十分考えられる。調査中に結論めいたものを出していたことがばれた場合、結果ありきで調査していたと言われかねない。とはいえ公の調査ならどこへ出かけた程度は日記に書くと思うのだが。調査自体が秘密なら最後の調査報告のくだりはますますおかしい。終わったからとも一見思えるが、いや。と考え込んでいたら、ばたばたと外が騒がしい。誰かが走ってくるようだ。息を切らして、リーフが飛び込んできた。

「ねえちゃんが連れてかれた。どうしよう、ねえ」

っていわれても、なあ。


*****

外にでてみると、トリエナス先生が立っていた。

「先生、おひさし…」

いきなり左の頬をぶたれた。

「何ですか、いき…」

痛くてとっさにしゃがみ込む俺。脇腹にめがけて蹴りが入った。肘で防いだが、左に飛ばされたところで体勢を立て直し、先生に向き合う。

「ひどいですね、いきなり潰しにかかるなんて」

少しの間、何かを考えているかのように、沈黙していたが、

「娘に手を上げといて、よくいうわね、もーっ」

聞く耳持たずと言った感じで再び足げりを繰り出してくる。俺は先生の左の蹴りをよけつつ、左から回り込もうとする。俺は、先生に手をあげたくなかった。親身になってくれたし本気で好きだったころもある。魔法を封じた先生相手なら、逃げ回るだけで済んだかもしれない。けど、さっきの張り手されたときに先生の腕に新しい入れ墨があったのを見た。街に残るためにつぶしたはず入れ墨がまた入れられている。習う事は無かったが、先生本来の専門は、魔法による暗殺と噂があった。それが本当なら直接人を傷つける術を持たない俺にはどうしようもない。結局どんな術にせよ、使われる前に腕を押さえ、口を塞ぐしか無い。俺は我ながら勇敢に飛びかかった。捕まえることが出来ないまま結構時間が経った、気がする。息が上がって、俺はヒザに手をつき、先生も肩で息をしている。先生の動きが止まった。

「そろそろ気が済んだかしら」

先生がつぶやいた。

「また、いれたのだ、入れ墨」

俺は叫び返す。

「ええ、生きて行くには必要になったの」

淡々と答えると先生は、

「鬼、悪魔、死ね」

腕をさするとともにと詠唱した。予想は悪い方に的中したようだ。最悪だ。

*****

「鬼、悪魔、死ね」

もはや、相対する者を認めない、単なる呪いだ。故に強力ともいえる。効果絶大とはいえ、副作用として自分の能力を落としてしまう側面がある。だから、俺は試したことがないが、こうなったらしかたない。

「フィアは、どこへ隠したのですか」

俺は開き直って、状況を整理することにした。

「遠くへ送っといたよ。協会の手が届かないようにね」

術の発動を待つばかりになって余裕が出来たのかすんなり答える。俺を協会の人間だと見ているのか。という事は先生、協会を敵に回しているのか。へー買いかぶってくれているのだ。

「そう、それはそれでよかった。こんな格好悪いところ、見られたくありませんからね。ところで、フィアは俺のこと何かいっていました?」
「いいえ」

「ここに住んでいる子供たちのことは?まさか全部かたづけちゃったとかいうことですか」
「いいえ」

とりつくしまがない。既に呪詛は発動している。敵(かたき)と決めた相手とは問答無用という事だろうか、それとも全てがはったりなのか。先生は耳たぶの後ろを撫でた。空がぱっとかき曇る。自然の脅威を恐れよ、恐れぬ者は雷に当たってしまえ!と言わん感じになってきた。

「先生が変わったのか、先生でないのか、そんなことはどうでもいい、よくなった。人の話を聞かず、子供がいるのを無視して、呪詛をはくなんて」

先生はなにも答えない。

「先生、聞こえていますか」

やはり先生は答えない。

「そうですか、了解です」

俺は両手を地面について、先生の術に対抗する術の詠唱を始めた。


*****

呪詛は他者を否定する ― 呪詛は相手をおとしめ、故に相手を痛めつける強力な術だ。

一方で、呪詛は自らに負のエネルギーを呼び込むことであり、本来正気をもって自然と向き合う術者をおとしめることになる。しかしながら、放たれた呪詛に打ち勝ちたいなら、さらに強力な呪詛を放つしかない。双方の力を拮抗させる。ここまでは教科書通りだ。

教科書通りだけど、けど、先生は、耳を閉じてしまっている。こちらの問いかけに無反応になってしまっている。呪詛は他の土や空や水に働きかける術と違って、言葉が通じる相手に対して発現する力だ。必然として反撃を封じるなら自らの耳を塞ぐのも有りだ。一対一ならではの究極の防御策と言えよう。これでは呪詛を放つのは、単なるトンマでしかない。で、それまでの術は取り消しにする。

「ばい、ばい、ばい」

余裕もないし、すべき事も無い。いつ雷が落ちてきても文句がいえない状況だ。結局うかつにも先手を取られたことが全てだった。ひとりなら、飛んで逃げてもいいが、レン、ケン、ラルーに加え、フィアと一緒の子供がいて、先生はふつうじゃない。分別無く襲いそうな感じ。胸のあたりが冷え冷えとする。しかしだ、しかし。追いつめられたものだ。フィアといい、トリエナス先生といい、なんで襲ってくるのだろう。何らかの理由はあるが、そう、

「これなら文句有るまい」

といわんばかりの印象を受ける。うまいというか、無理が無さ過ぎる。お誂え向きな理由といった感じ。そういえば、呪詛の相手が見知らぬ誰かで、何も聞こえない状態であれば、あるいは棍棒かなんかで殴り殺すという判断もありだったな。でも、先生は、先生だ。やっぱり無しだ。先生の日記といい、成り行きとしては不自然なところが多すぎる。誰かが絵を書いた気がする。だがどうにも見えてこない。閃光が走った。しばらくして起きる雷鳴。気のせいかもしれないが、煙が立ちこめてきた気がする。まずい、雷が近くで落ち始めた。おれは水たまりに覆いかぶさるようにして手をつき、一か八かで術を唱えた。

「無理、無駄、残念」

俺は、自分に対し無力化の術をかけた。先生の呪詛を消せない以上、呪われる方の力をそぐしかない。うまくいきそうには思えなかったが、出来そうなことは相手の術式から逃れるくらいしかなかった。

*****

 脱力の術が効いてきて、俺は、朝五時から日帰り登山をした帰りのような脱力感に襲われた。命が危ないのだけど、めんどくなってきた。先生とか、街とか、フィアとかも、なんかどうでも良くなってきて、先生に背を向ける。だが、先生は反応しない。

「しんどい、イスに座らせて」

と俺はつぶやきながら、対決中の先生を無視して、フィアたちの洞窟に歩いていった。洞窟の中は静かだった。外の騒ぎが嘘のように。俺の足音しかしない。だれもいないからだろう、勝手に思う。腰を下ろすには一番暗い、突き当たりがいいだろう。そっとしておいてほしい。そう思って先へ進んでいく。行くと、誰かがなにかを抱え込むような姿勢でなにやらブツブツ唱えている。

「…いやだ…とんでけ…いやな…」

なんかいるとは思ったが、そこは無気力全開な俺、誰かなんて疑問さえ思いもつかず、何食わぬ顔でその横に腰を下ろした。しばらくは何も起きなかった。起きなかったようだが、ぼーっとしていたのでどのくらいかはわからない。次に気が付いたのは、おそらくはフィアにひっぱたかれた後、周りに煙が立ちこめてきていた。

「あれ、先生にさらわれたのじゃ?」
「ばか、ばか、ばかあ」

フィアにしがみつかれ、身動きが取れない中、自由な右手でひりひりする右の頬をさする。納得はできないが、多分フィアが俺を徹底的にビンタしたので、俺は正気に戻り、その事でフィアをまた泣かしてしまったようだった。

 

*****

 

正気に戻ったのが良かったのかどうか、周りの雰囲気は最悪になって来ていた。俺のほおはじんじん痛いし、行き場を失った雷が森のどこかに落ちたのだろう。当たりには煙が立ちこめていた。フィアはまだ突っ伏して泣いている。そして、先生はまだ外にいるはずだ。

こふっ、こふっ

咳が出る。煙は予想外だった。まずい事に煙で息が苦しくなってきているのがわかる。立てこもって先生の消耗を待つのはできない話となっていた。さらにあり得ないことにフィアがここに居るけど。この状況で、フィアをみると、いたぶられた記憶が戻って来て、我ながら嫌になる。理由あっての事といっても、痛い事には変わりない。痛みは消える事は無い。忘れるだけだ。こうしょっちゅうたたかれては忘れようも無く、恨めしさが沸々とわいてくる。ちょっとひっぱたきたくなった。少しは暴力以外の術を覚えやがれと言いたくなった。

気づくと、フィアは盛大に泣いて泣きつかれたのだろうか、ぴくりともしなくなっていた。フィアの脇腹を蹴ってみる。あくまでも優しくだ。反応無し。仰向けに起こしてみる。涙やらよだれやらでべたべたしている。ハンカチで拭ってやる。こうしてみると、まだまだ子どもだな。太っている訳ではないのだが、ほおとか、手の甲とか体の各所がぷくぷくしている。成長すると、ほっそりとしてくるのだろうか。いや、俺はそんな年端のいかないガキに振りまわされっぱなしなのだよな。よし、フィアを連れ出して、先生にぶつけてみよう。人を人さらい呼ばわりする状況でフィアが出てくれば、動揺するのではないか。そもそも、先生には誤解している。俺がフィアをさらうわけがない。向こうから襲って来た位なのに。あと、先生の日記は持って行こう。実はフィアのことよりこっちを盗まれた事で怒っているのかもしれないしね。

フィアを抱え、日記を懐に、左の壁を伝って外へ出ると、外は雨になっていた。強い雨ではない。向かいの家へなら突っ切る程度の雨だ。トリエナス先生の姿が見えない。もやとかかかっているのではなく、
いないのだ。代わりになのだろうか、わからないが会長が立っていた。立っていたのは先生ではなく、会長だった。

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【2回目】

「最後の観客(Last Audience)」【2回目】

 

見たところ盗賊どもは車を動かせずにいるので騒いでいるようだ。普通の人に乗れない車はとりあえずおいといて、俺は問答無用でガキどもを黙らせて、こっそりと山小屋へ戻った。戻ったが寝ているはずのフィアはいない。盗賊に連れ去られたのだろうか、とりあえずガキどもをおいてきたところへ戻ってみると、車が無くなっているし、レンとラルーが喧嘩をしている。ケンの解説によると、三人が見ている前で、車に群がる盗賊の中にフィアが現れ、その後車は森の中へ消えたのだそうだ。ラルーはさらわれてかわいそうというのに対し、レンはいや、あんなに元気なのはおかしい。うそ病気で安心させといてだまし討ちにしたのだというのでラルーが怒ったのだそうだ。ケンの意見はよく見えないからわからないそうだ。

フィアは盗賊の仲間で、彼女が車を動かしたのだろうか。いや、魔法力は運転するのには必要ない。単なる燃料みたいなもので、乗っている誰かに魔法力があれば十分動く。フィアにかなりの魔法力があるのは乗せたときにわかっていた。後部座席に乗せただけでハンドルが軽くなるほどの魔法力があれば車を盗むのは造作無いはずだ。だが、そこは苦労人のひねくれ者の俺、みすみすかっぱらわれるほど甘くはない。降りるときに車の魔法力倍力器をこの通り外しておいた。街での勉強の成果ってやつさ。これで遠くへ行けるほどの魔法力があるやつそうそういるわけない。

レンのフィア主犯説も、捨てがたいが、とりあえずおいといて、子供連れの俺としては車がないと山を下りられないので、消えた車の後を追うことにする。道がないところを走っているので、追うのは簡単だ。
具合のいいことに街の方へ降りて行ったようだ。車を取り返してまた峠に戻ってくるのは面倒なので、今度 はガキどもも一緒に行くことにした。というより、こいつらやっぱり悪ガキだ。いつの間にか盗賊を一人縛り上げていた。

 

*****


「おらっ、盗賊、なんで、車を取った、下手な芝居うちやがって、フィアはどこだ、バンバン」

レンはフィア主犯と見て責め立てる。もちろん、バンバンは撃つまねだ。早速、問いつめることにした。

「おまえ、なんて名前だ。俺はヤン。こいつらのお供で保護者だ」

なにも答えない。年は8、9歳だろうか、後ろ手には縛ばってある。さっきまでこいつの口を押さえていたケンはいまさら

「汚い」

手を洗いに行ってしまった。車を盗まれたことに頭に血が上って盗賊と呼んでいたが、さっき見た限りではフィアより大きい体格の奴はいなかった。ということは、フィアが頭目といったところかな。

「フィアを待っているのか?なかなか賢明だな。あの子も魔法が使える様だからな」

よくわかっていないようなので、言い直す。

「フィアを待っても無駄だぞ。俺は、最後にして最強の魔法使いだからな」
「おれはリーフだ。ないも知らない」
「ないもねえ。あのゲロ娘はまだかなあ」
「フィアをバカにしたな、うそつき。へなちょこ走り」

半ば逆上して、吠える少年。と思っておこう。へなちょこ走りというのは、小幅な動きで走るところが、見れたものでないということらしい。ここは聞き流そう。ところが、ラルーがこれにかみついた。


*****


「なんだよ、うるさい」

ラルーが殴りかかった。リーフは腕にかみつきながら、ラルーに体当たりで応戦する。この位の子供だと、男女差はともかく、年の差イコール強さだから、ラルーはあっけなく押さえ込まれた。

「あーあー」

ケンが助けにはいり、すぐさま、リーフをラルーから引きはがす。ケンはリーフの首を絞めたのだ。

「おみごとだ、ケン」

俺が褒めると、ケンは、

「いつものことですから」

だって。言うなあこいつ。不意にリーフが走り出した。向かいのしげみから、駆け寄る少女。フィアだ。きたきた、やっときた

「来たわよ。虫けらにも五分のたましい。子供だからって、うちの子をいたぶるのはそこまでね、いたくしてあげるわ」

はったりがびしっと決まっている。結構手慣れているなあ。

「それは、言いがかりというか、やっときたな、頭目ゲロ女」

俺は吠え返す。

「地竜、蹂躙」

フィアはなにも応えず、術を放った。地響き後、土石流が巻き起こりこちらへ向かって来た。導引詠唱なしでの術の発動とは、なかなかキレた才女だな。大技だが、のろい技だから振り切りたいところだ。

「こっちへ来いって」

とっさに呼んだが、3人を呼び寄せるにはこの技はうるさすぎる。駄目だ。

「蟻地獄、捕獲、土蜘蛛、跳躍」

こちらも詠唱。導引詠唱は腕の入れ墨でまかなう。この術の組み合わせなら、みんなを取りこぼさず、振り切れるはずだ。


******

 

俺の術で、ケン、レン、ラルーは吹き飛ばされた。正確には俺めがけて投げ飛ばされたのだが、訳のわかっていない三人は、泣き出していた。

「痛いじゃないか、ぐすん」
「なんなのよ、怖いよー」
「そらとんだ、えーん」

まあ、わめける元気があるなら問題ないだろう。フィアの術は術と一体となる大技だったから、術者の移動距離も長く、やり過ごしてしまえば戻ってくるまでしばらく時間がある。それまでに、フィアを迎え撃つか、車を探すか。決めなくてはならない。いや、この問いの答えは考える言葉もなく、

「フィアととことんやり合う」

しかないと、おれの何かが叫んでいた。術者同士のつながりを欲していたのかもしれない。術をぶつけ合うことに飢えていたのだろうか。でも、ここで逃げれば

「すべてが無為に帰する」

気がしたのだ。向かってくる者にはそれなりの考えがある。痛い目に遭う覚悟をさせる何かが。彼女は怒っているようだが、このまま逃げるとさらにそのこと自体で恨みを買いかねない。では、どうすればいいか…。和解は無理というかこっちにはその理由が無い。追ってくる気を削ぐか、諦めさせるしか無いだろう。どうすればあきらめるか。降参するか。叫び声がするので顔を上げるとケンとラルーが言い争っていた。

「いってえな」

とケンに棒でたたかれたラルーが吠え、そして、

「このなまくらめ」

棒を取り上げる。

「そんなもの」

ラルーが棒をヒザで折った。

「聖剣を折るとはなんと命知らずな」

棒が折れてケンが切れてラルーにつかみかかる。

「知るか。うそつきが」

突き飛ばし返すラルー。

「のろいで、うらみごとしか言えなくなってしまうとはなんとかわいそうな」

さらに強がるラルー

「ばーか、死ね」

ケンは既にべそをかきかけていた。ふと思いついたことがあった。先生が暴れる子供を手懐ける切り札として使った手。これは、俺を尊大な先生と思いこませることが必要だが、役者はちゃんとそろっている。

「もうやめ、やめ、つまらないけんかはやめ。魔術をおしえてやるぞ」
「え、いいや」レンは、思わせぶり、
「やった」ケンはノリノリで、
「見ているだけじゃダメ?」ラルーは及び腰だったが、

そこは節操無くお願いすることにする。

「いや、あの姉さんに負けそうなんだ、たのむよ、ケン、レン、ラルー」
「わかった。いいわ」
「ケンとレンもたのむぞ」

役者たる三人を集め、打ち合わせを始めた。


*****

 

三十分後、俺は一人登山道のど真ん中に立っていた。そこは、峰を伝うまっすぐな道で、前には比較的空の開けた隣の峰への道が見通せる。後ろはこの峰へ続く緑の濃い道で薄暗くなっている。さっき、

「おーい、でてこーい」

と叫んだので、そろそろ、来た。フィアが来た。飛んできた。

「あら、こんなところにいましたのね。探していましたのよ、てっきり逃げたと思いましたが。見つけたわ」
「ああ、そうかい。子供とはぐれてね。探しているのだ。手伝うか、邪魔しないでくれないか。車はその後で取りに行くから、洗車でもしといてくれ」

俺はフィアにつれなくする。あからさまに。すると

「なにさ、バカにしくさって、あれで終わりなんて思ってるなら、甘いわね。つぎ、行くわよ」

食いついてきた。

「次ってなに」
「なにさ、とぼけちゃって。あんただって使うくせに。オールドファッション(古くさい術)を」
「そうじゃなくて、何を使うのかってことさ、このあたりの土は石が多すぎて同じ術は使えないのじゃないのか」

俺はあきらめ悪く叫ぶ。

「ケン、レン、ラルー、どこいったー」

フィアは、無視して話を続ける。

「同じ手でごりおしなんてしないわ。私これでも頭脳派なの」
「そんなら、なぜ、山賊なんてバカ、やっているの」
「それは、これでも一番ましな選択だったからよ」
「そうか。たいへんだねえ」
「ええ。って同情する気?余裕こいちゃって、いいのかしら」
「いいも何も、思ったから言ったまでさ」
「じゃあ、こっちもかってにやらせてもらうわ」

というと、フィアは右の二の腕を撫でた。来たぞ。俺はフィアの後ろに回り込み、次の言葉を待つ。フィアは術に自信が有るのか動じること無く続ける。

「たつまき、」

そこまで言ったフィアを羽交い締めにして、それ以上は言わさないようにする。そして、左手を上げる。飛び出してくるガキ三人。フィアに飛びつき、それぞれに叫ぶ。

「かえる」「かえる」「かえる」

 

最後に俺が、「かえる」と叫ぶ。

風が巻き起こり、フィアの家へ飛ばされた。


*****

 

フィアの家に飛んでいけたのはよかったが、着地がよくなかった。フィアに抱きついていなかったので、どすんと少し離れたところへ飛ばされたところまでは覚えている。その後気を失ったらしい。気がついたときには、後ろ手に縛られていて、何処か暗いところにころがされていた。フィアの家のどこかなのだろう。口には何かが詰まっていて、まともに声が出ない。

「ヴーン、ハゴハホハー」
(意図:あーっ、このひもほどけー)

アゴが痛い。それに、縛っているひもには瘤があるらしく、下になっている側の腰が痛い。まったく、ひどい有り様だ。

「おはようヤン」

後ろから声がした。額が押さえつけられたかと思うと、何かを口から抜き取った。口が自由になったので、文句を言うことにした。

「人を殺す気か、バカが」
「やっぱり、気に入らない」

さっきまで口に入っていた何かを振り上げた。

「うっ」

俺は身構えたが、なにかは、明るい方へ飛んでいった。

「なにやっていんだか、リーフちょっと来い」

フィアは叫ぶと、俺の方に向き直って、小声で、

「折檻してごめんな。もおちょっとぐったりしていて、な」

俺の腹に拳が入った。もったいつけて人を殴りやがって。絶対復讐してやる。俺はまた気絶した。


*****

 

再び、気がつくと夜になっていた。そして俺は、干し草で作った寝床の上にいた。さっきと違って縛られていないし、口も自由だった。もっとも違ったのは、草っぱらのど真ん中だったことだ。

「誰かでてこーい」

周りの森は暗いばかりで誰もでてこないなんだか解放された感じもするが、ケン、レン、ラルーのガキどもを放っていくわけにはいかない。めんどいから、会長に押しつけようかな。山賊を放っておいたのも事実なのだし。しかし、とりあえずは肌寒い。まあ、山のどこかなのだろうから当然か。火でも起こそうかとも思うが、ここは風が強いし、干し草しか燃やす物がない。うかつに火を付けると山火事とかになりそうだ。まずは明かりだ。

「われの名はヤンなり、
 われの命の輝き、
 われの心の熱さ、
 われと引き替えに
 われが願いに応えよ、
 われを守護する立命の星よ、
 照覧あれ」

周りがじんわり明るくなった。久しぶりに使うがいい感じだ。この術は、ものを見る力を強くする。だから、実際には明るくなっていない。よく見えるようになっているだけだ。おい、なんか月がまぶしいな。いや、今って昼間じゃないか?やられた。夜だったのじゃなくて、夜と思いこまされていたのだ。

「おーい、出てこーい」

人を試すようなまね、かと思えば、妙に優しくなったり、この感じは

「トリエナス先生、先生ですか」

とりあえず言ってみる。

「それは、母よ」

フィアの声が後ろから返ってきた。振り向くと、フィアと、三匹のガキがニコニコしていた。訳がわからずいらだった俺は、フィアにつかみかかった。

「悪趣味」
「それは、光栄です」

フィアは平然と応えた。


*****

 

「そのとおり、母の悪趣味でやったわ」

すんなりといわれて、俺はその場にしゃがみ込んだ。トリエナス先生はよく覚えているが、娘がいたとは聞いた覚えがない。

「俺以外大団円って感じだが、気分悪い、めちゃくちゃ悪い。何とか納得なり、宥めるなりしてくれ」

曖昧だが強い怒りを押さえられずどうしようもなくなって、ふてくされる俺。実際、この場の最年長が体育座りでうずくまるなんて、ああ、情けない。

「よしよし、ようやった」

フィアがそういって、抱きついてきた。ほおをすり付けてくる。

「なんだよ」
「おもてなし。お母さんが好きだったおもてなし」

確かに思い当たる記憶が微かにある。なめらかなのは先生と同じだが、さらっとしているのがちがう。だが、とりあえず、恨みみたいなものは収まった。

「ありがとう、気分がよくなったよ。もういいから」

気分が収まると、恥ずかしくなってきたので、フィアをはがそうとした。したが、離れてくれない。

「無理するなって、ひげが痛いだろ。やめろって」
「いや、まだだめ」

なんだかわからないがしつこい。首がしまってきた。

「くるしいって。もう、やめろ」

えいやとフィアを振り解いて立ち上がる。ガキ三人が、おろおろしている。足元を見るとフィアが、小刻みにふるえだしている。これは、泣くぞ。

「だってえ、本気にさせないと、だめだったのだもの」

ああ、泣き出した。俺は為す術なく、しばらく立ちつくした。

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【1回目】

「最後の観客(Last  Audience)」【1回目】

 

 昼寝の時間が来たのにガキの誰も寝ない。昼寝当番の昼寝は数少ない役得なのに。指さしのレンなどはおやつが少ないのは昼寝している間に俺が盗み食いしているだから見張るんだと息巻いている。誤解もいいところだ。確かに昼寝の時間に抜け出してはあるがそれは俺が買ったもので、何の関係もない。人が昼ぬきなのを忘れて誤解する。ガキの思いこみにはつきあいきれない。

「とにかく横になって。はいはい」

シン先生が助け船を出してくれた。ガキの頭をなで、おでこを押さえたり、抱いたり、子供の扱いに間違いがない。彼女ならとにかくこの場を納めてくれるだろう。

「はあい、今日もファン先生じゃない、ファンさんが本を読んでくれますよ、読む本は、」
「“大魔術師ルービンの部屋”がいい」

逆さめがねのケン、大魔術師って響きはいいけど、料理本だぞ。魔術といっても味の魔術だからな。

「“いなくなった仲間たち”がいい」

三つ編みのラルーだな、この本は悲しいよな。絶滅した動物の本。泣き虫なのに好きだよな悲しい話が。

「新しいお話がいい。うそ話でいいからさ」

レンか。悪気はないのだろうけど、すぐ勘違いして、大騒ぎして、いつもびっくりさせる。大きくなったらほら吹き男爵にでもなるつもりか。うそ話以外は黒板右側の本棚にある。本棚をのぞいてみる。どれも読んだことがある何がいいかな。うそ話だけは今日はパス。頭が重いんだよ今日は、

「きょうは、」
「うそ話がいい」

こいつらがうるさいのは雨が続くせいだ。外で遊べないから元気で寝付きが悪い。晴れてもこんなにうるさかったら、この世は終わりだ。

「きょうは」 

とファンは声を張り上げた。ひと呼吸したところで、 とりあえず選んだ本を掲げるつもりだった。が、表の戸をたたく音で腰砕けになった。

「はい、どなたですか」

シンさんが表にでていった。まずいな。こいつら玄関にいくきだな。

「はい、なんでもない、なんでもない、

ほら、布団に戻って、お話し始めるぞ」誰もいうことを聞いてない。この園への来客自体が珍しい上に、雨の日の訪問者っていうのは、確かに気になる。期待からから騒いでいる園児に混じって玄関へ向かう。

「うるさいぞ、走らない。」

だれだろうか、なんとなく俺への来客な気がする。頭が痛いけどとりあえず、シンさんが介抱している人をのぞいてみる。雨合羽を着込んでいるから顔は見えないが、男のようだ。

「よお、子守を代わりに来てやったぞ、ファン先生」

当たった、エリートの君じゃないですか。おまけに出会い頭に合い言葉かよ。びっくりしたついでに頭がすっきりしてきた。とにかく合い言葉を返答しなくてはと。

「それは、わざわざ恐縮ですラオ先生。でも、老人のお守りはもうごめんですよ」

とりあえず返答したファンは改めて、ラオの姿を眺めた。怪我や病気ではないようだが、とにかくぐったりといったところだろうか。顔色も悪いし、呼吸も肩でしている。

「まさか、歩いてきたとかいわないよね」

ふとでたつぶやきに

「山賊にも笑われたよ。馬鹿だろうってね。ははは」

これは、とっとと用件を聞き出さなくては。昼寝は当分抜きかなあ。

「シン先生ちょっと、応接室借りたいんだけど、いいかな」

ファンはいつも鍵がかかっているので、掃除してあるかはちょっと心配だったが、二人きりになるにはトイレ以外ではここしかないと、男二人は応接室の鍵をかけたことを確認すると、ラオは用件を切り出した。


*****


 ラオの話は混乱している本部の状況そのままにわかりにくかったが、結局のところ俺に対しての命令は、
いますぐこの園の子供三人を連れて首都にいるゼン前協会会長のところに来いということらしい。俺が首都メダリストに行くことは前からの約束だったからいいとして、この園の子供が必要な理由や、連れていく子供の人選については何もいっていなかったようだったが。かなり大事なことだと思ったから、何度か問いただしたが、ぬかにくぎというかほんとに何も知らないようだ。あんまり、鍵をかけて閉じこもっていると怪しいので、とりあえずは、とっとと連れて行く子供を決めることにして、部屋を出た。ラオが園長の説得をしている間に、おれはガキのスカウトを始めることにした。何せ、明日出発なのだから、急ぐに限る。三時のおやつでみんなが集まる食堂が会場だ。

「みんな、急な話だけど、私は、明日からまちに行くことになった。しばらくは帰れそうにない」

全体がざわめいた。騒ぐ子、固まる子、おやつを眺めている子、窓に目を向ける子とにかくみんなそろって身構えたのがわかった。まちに対する思いは人それぞれだろうが、まちに行く以上まちを怖がらないことは最低条件だ。だけど、それを言い出すときりがない。とはいえ、さすがに里親がいる子を連れて行くのは酷だなと本当に思う。

「魔法協会の偉い人に呼ばれたのだ」

ラオはうまく園長を説き伏せたらしい。入り口の戸のそばで親指を立てている。行けと言うしるしだが、園長は来ていない。

「その偉い人が、君たちのなかから三人をまちに招待したいと言っているのだ。」

今度は静まりかえった。町を出ざるを得なかったこの子らの境遇からすれば意外な反応だ。この危険な誘いに乗ってまちに行くことを真剣に考えているようだ。

「では、行ってもいいなって子は手を挙げて」

全体の三分の一に当たる十五人が手を挙げた。

「では、明日すぐに出発できる人だけそのまま手を挙げて」

これで、七人にまで絞り込んだ。

「はい、ありがとうね。今手を挙げているひとは、夕食が終わってから私の部屋に来てください。誰がまちに行くかはそこで決めます」


*****


とりあえず荷造りをしようと自室に戻ってみると、スカートの泥も落とさないままの園長が待っていた。連れ出す子供について話しがあるという。

「手を挙げていた七人の里親を見つけてきました。どういう意味かわかりますよね」
「・・・」

里親がいると里親の許可無く連れ出せないのはわかっていたから、あの場で確認していたのに。行かせない気なのか。だからといって決め手にはならない。時間稼ぎにしかならないと思うのだが。

「立場上、あまりいえることはないけれど、よく考えてほしいの」

まあ、言わんとすることはわかっているが、こちらの立場ってもんもある。

「一般的な話としてよ、どんな組織でも命令は尊重されなくてはいけない。けど、自分を傷つける行為や身投げに等しい無意味な命令を実行することはないわ。ファンさん」

いや、メダリストで何かが起こっている以上危険だからといってじっとしていられない。世界を才能なんか関係なく魔術に抱かれる変えることを、俺はあそこで夢を見てしまった。身勝手と言われても、子供を巻き込むことをためらう気はない。

「サリー園長、行かせたくないのはわかっています。行くことが最善なのかもわかりません。けど、今一番大事なことは行くべきかどうかを考えることではなく、誰を連れて行くべきか、そこなのです」

「・・・」

サリー園長は少し考えて言った。

「やっぱりそう言うのね。なら、ケン、ラルー、レンを連れて行きなさい。仲もいいしあの子たちならきっと大丈夫」

きっぱりと園長は断言した。当たり前のことのように言ってのけた、遠足とはわけが違うのに。

「園長、あの三人の仲はいいですから一緒に行くのは都合いいでしょう。しかし、反対しておいて、ならって、それだけで決めていいのですか」

少し園長の目が泳ぐ。無理いっちゃったかな。せっかくの提案をご破算というのは避けたい。

「まあ、いいのですが。その辺りは知らなくていい事情ってやつでしょうから」
「ええ、あなたは知らないことだろうけど、三人は、五年前の大火事で親とはぐれた子たちなの。魔力は確かにあったけど、引き取るための口実程度でしかなかった。だいぶおまけして入れたのよ、ここに。」

「だから、だいじょうぶ?」

「ええ、あの町にいっても安全だと思うわ。それに、あの子たちには望みをつないでほしい。あの子たちがあの町に行くことが出来る数少ないチャンスだから」

「わかりました、あなたの提案に従います。申し訳ありません。迷惑をかけます」

「本当は子供達に謝ってほしいけど、今はただ、全員が五体満足のままで戻ってくることを願うわ。もちろんあなたを含めて。ただそれだけよ」

 最後に園長はドングリを俺に手渡すと、深々とお辞儀をして部屋を出ていった。何が待っているにしろ、町に戻ることを望む子供達と行けるのはいい巡り合わせかもしれない。この夜、俺はそんな期待を抱いていた。


*****

 

旅立つ朝は、雨は上がり、空は夜明け前の青さでいっぱいになっていた。さあ出発の段になってラオは持病の腰痛がぶり返したからと言い出した。あからさまな逃げを打ったのだ。俺は、ああだこうだ言うラオに

「ああ、よろしく言っておくよ」

と適当に相づちを打つ。部外者には部外者の扱いでいいのだ。見送りは、メダリスト行きを希望したが行けない四人だけにしてもらった。彼ら全員にドングリを渡してからこう言った。

「ドングリには気持ちが通じた者同士を強くつなぎ止める力があります。ドングリを渡したのはお願いがあるからです。残った子には、行く子達がここへ戻ってこられるように。行けた子には、この園のみんなが、メダリストに戻れるように」

全員がうなずいた。メダリストの都市魔法を暴走させる力のためにいわばここに隔離されている子供達。その力の封印は成人を迎えるまで行うことが出来ない。ゆえに、ここにいること対する思いは複雑だ。けど、単純にこういう団結っていいじゃないかと思えるのは、旅立つものの気ままさかもしれない。園長を含めた五人に別れを告げ、園長に用意してもらった自動車に乗って俺たちはキレナ養正園を出発した。キレナのメインストリートをとっとと通り過ぎる。表通りといっても、砂利敷きの道で、居酒屋と、食料品店が一件ずつあるだけだが。ぼろぼろになるほど歩いたラオには悪いが、メダリストからキレナまでは自動車さえあれば一日の道のりだ。ナナシの山は険しいが、道はちゃんと付いている。今乗っている自動車は、運転者の魔法力で動く古い常識の遺産だ。メダリストには使えるやつはいるわけもなく、使えるやつがいるからと押しつけられた自動車でメダリストに向かっている。おもしろいことになったものだ。もちろん町には誰にでも使える今時の自動車はある。が、都市魔法の危機を伝える伝令たるラオが、その利器を使ってキレナに向かうわけには行かなかったわけだ。ナナシの登山道は多少の水たまりはあるものの、がけくずれもなく、順調に進んでいった。ケン、ラルー、レンは、自動車が初めてだったらしく、はじめははしゃいでいたが、登山道が険しくなり、峠に近くなり霧が出ると、黙り込んでしまった。

「どうした、静かだな、気分でも悪いのか」
「なんにもみえないだもん」
「・・・・トイレ行きたい」
「べつに」

レンを含めてとりあえず、車酔いしたやつはいないようだが、ラルーのトイレはどうするかなあ、

「もうすぐ峠だから、そこで止まって、トイレに行ってから昼にしよう」


*****

 

 馬にはにんじん。遠足には休憩だろう。もうすぐ休憩と聞いて、
思った通り子供達は少し持ち直したようだ。

「先生、昼はなに」
「峠ってどんなところ」
「早くして」

そういえば持たされたお弁当って何が入っているのだろう。聞くの忘れたな。ちょっと気合いを入れ直してさっさと峠に着いて早く昼にしよう。とあくびをした矢先、人が飛び込んできた。もやのせいか車の前にぽっと現れたように見えた。でも、踏み込みが浅かったらしく難なくよけることが出来た。急いではいるが、山で倒れている人を放っておけないので、車を止めて様子を見に行くことにする。倒れていたのは15,6の少女だった。赤いずきんをかぶっていて、かごにはキノコがいっぱいはいいっている。変な格好だが、キノコを採っていて道に迷ったのだろう。

「おい、大丈夫か」

といいながら肩を揺すってみる。返事はない。

「おい」

もう一度揺すってみる。返事はない。息はあるので、気付けに水筒のお茶を飲ませると何かを吐いた。吐くだけ吐くと少女の意識が戻ったが、とにかく弱っているようだ。それにとんでもなく顔色が悪い。土色そのものである。とりあえず、峠の山小屋まで連れて行くことにした。町に連れて行くわけにも行かないが、休めるところまでは連れて行かないとしようがない。峠の山小屋で、弱っている少女にまとわりつくガキ達を引きはがし、話を聞いてみると名前はフィアで、一週間前に小遣い稼ぎのキノコ取りにキレナの山に入ったが道に迷い、空腹のあまり食べたキノコが幻覚を見せる迷いタケだったのが運の尽きで、俺たちに見つけてもらえなければ死んでいたに違いないのだそうだ。胃液まで吐いて食べられないフィアには悪いが俺たちは昼にすることにした。お弁当の中身は、キノコご飯だったりしたあまりにもフィアに悪いので、フィアを小屋に残し、外で食べることにした。岩ばかりの殺風景なところだが、雲が足下に見える景色は最高だ。

「うまいなあこのシメジご飯、なあ」

ガキどもは、俺を無視してシメジに夢中だ。おいしい食事で話が弾むというのは、安い茶葉を売るための茶柱よろしく、さしずめうまくない下宿のまかないに対する方便なのだろうな。弁当を平らげ、走り回りたがるガキどもを引き連れて山小屋へ戻る途中、車を止めたあたりがうるさい。尾根伝いに隠れながらそっと近づいてみると車に人が群がっている。これは盗賊に違いない。フィアもやられたかもしれない。何とか助けないと。

既刊再掲「すこし FUSHIGI」【4回目】(終)

「すこし FUSHIGI」【4回目】(終)

 

理恵には簡単なことだった。薬を切らすのは規定違反だが、20世紀末の日本で、それも過疎がきびしい片田舎で見舞われる危険なんてない。先生はそういって笑っていたっけ。でも、ルールはルールだから、用が済んだら飲んでおかなくてはいけない。理恵はまたポケットの上から最後のタブレットがあることを確かめた。このくすりは感覚を研ぎすまし、予知にちかい感覚を得ることができる。

一方で、表情から、身振りから、テレパシー能力まであらゆる非言語コミュニケーションを押え込んでしまう。自閉症的状態を起こさせる薬なので、飲みたがる人なんてまずいないが、危険なことに関わることを避けるために旅行中の服用が強制されている。

理恵にはどうしても、恵一の助けが必要だったのだ。(私はここよ)おでこが下にひっぱられる感じがして、下の道を見てみると、理恵が背中をむけて立っていた。

「ああ、なんかいるよ」

恵一はためいきをついた。(元気ないわね。いいことを教えてあげる)

「どうかなさいましたか?」

武美が、おそなえの米を差し出した。いつのまにか墓石の苔は落とされ、花さしには榊(さかき)の葉がさされている。(時間ないんだから、ちゃんときいてよ)理恵のけはいが迫ってくる。(要点だけはなすわ。この先の自販機の前でうずくまっているから武美と一緒に来て。あとは適当にあわせてくれればいいから。うまくふたりきりになってね。よろしくね)

 

「なんなんだよ」

恵一はまたためいきをついた。まったく、昨日からあの子に振り回されること、振り回されること。正直、さっきの理恵は見なかったことにしてしまいたい。とはいえ、ほっておくとかなり危ない。返す足で実家に行って

「パパはどこ」

なんて騒がれたらそれこそ東京駅の二の舞だ。

「頼みごとしちゃいけないらしいけど、

今日いちにち平穏に過ぎますように」神頼みならぬ先祖頼み。不可解な現実に、いらだちつつもなにかにすがらずにいれない恵一であった。一通り済んで、おそなえを下げて(片づけて)皆が帰る時間になった。下をハイヤーも来ているようだ。

 

恵一はすこし思い切ることにした。

「岡田さん荷物をお持ちましょう」

めいばあさんの荷物をすべて引き受けることにした。めいばあさんはちらと恵一の顔を窺うと、さきにいってしまった。そして、武美が近づいてきた。

「すみません。こんなにもってもらって」

「いえ、べつに。あっ」

恵一はまたこけた。行きにこけたあの登りくちで。

 

*****

 

恵一は手をつけずに強くうった腰が痛かったが、せいいっぱい強がって見せた。

「大したことありません。急ぎましょう」

武美は

「そう、じゃあ急ぎましょうか」

とつれない。ちょっとがっかりした恵一だったが、「ちょっと、まってまって、まってください」なんとか二人で自販機に向かうことになった。

 

武美と恵一、二人きりになったせいか、話題は東京での生活の話になった。

「東京はどの辺りにお住まいですか」

「川崎です」

「大きな映画館ありましたよね。行ったことがあります」

「へえ、そうですか」

「恵一さんは、一人暮らしなんですってね。大変でしょう。私は、いまだに親にべったりで」

「いろいろ便利なものがありますからそうでもないです」

「たとえば?」

「桶は便利ですよ」

「へ?」

「オールおっけい、なんてね」

戸惑いの沈黙が流れた。沈黙にたえかねたのは恵一のほうだった。

「あの子一人でどうしたんだろう」

指差す先には理恵が立っていた。

 

武美が叫んだ

「あっ、あの子泣いてる」

武美の心配そうな顔に溜息をそっとついた。理恵は自動販売機前の道路で恵一たちから見て正面に立って泣いている。あからさまに助けを求めているのは明らかだ。しかも何回も大きくしゃくりあげている。恵一は

「何でだろう、行きましょう」

と武美を促した。理恵のそばに行くと、しゃがんで正面からじっと理恵の眼をみつめた。理恵の泣き顔には嘘はないと恵一は感じた。武美が側にきて理恵はさらに激しく泣いている。この子に関しては何もしらないが、武美との組み合わせは自然だった。恵一は絵になってるなあと見とれた。

 

なんとかしろ

 

恵一の沈黙に理恵が喝をいれた。理恵を武美がつかんで放しそうにない。武美は何か感じているのだろうか。とりあえず、恵一は武美から理恵を引き放すことにした。

「どうしたのかな、ジュースがほしいのかな」

引き放された理恵は首をふって理恵はすぐに武美のほうに戻っていった。恵一はこの展開に無理があったかなと心配した。

「そう、お金いれたのに出てこなかったの。ふうん」

話しているようだ。なんとかなったようだ。武美と理恵の話は進んで、とどのつまり、理恵は、お金をいれたのに自販機からジュースが出てこなかったと訴えているようだ。

「ちょっと見てみるから、おとなしくまっててね」

武美は自販機に向かい、恵一が理恵のそばに立った。恵一は思った。

こんなことがしたかったのだろうか恵一は思った。ぼそりと理恵がかえす。

 

こんなにうれしいことをこんなことって言うなよな、ばか

 

理恵の顔が、また泣きそうになった。武美が可笑しそうにして戻ってきた。

「平成三十年だってこの十円。冗談にしてもひどいわ。それにしても、変だわ、はははは」

武美はしばらく笑っていた。笑いのつぼにはいってしまったようだ。ジュースが出ないのは入れた十円を自動販売機がうけつけなかった。金額が十円ふそくしたから出なかったのだ。

「武美さん笑いすぎですよ、まったく」

ハンカチで汗をぬぐう恵一。恵一は成り行きじょう仕方が無いというふうに財布から十円玉を出し、

「理恵ちゃん、これをいれてごらん」

と理恵に渡した。

「うん」

十円玉をうけとった理恵は使えない十円を恵一に渡すと自動販売機へ走っていった。

 

*****

 

理恵が買ったのはドクターペッパーという炭酸だった。

「たいしたことないなあ、普通じゃん」

何だか不機嫌なかんじで飲んでいたが、飲みきれなかったようだ。

「やる」

と恵一に押しやる。

「いらないよ、もってかえれよ」

缶を押し返す恵一。

「あっ」

押し合っているうちに缶が落ちた。くるりと半回転して、飲み口を下にして雑草のなかに落ちた。

「なんで、なんでそうなの」

理恵はまた泣きだした。押しころした「うっ」といった声が痛々しい。恵一はただ見ていた。

「なくなよ、仕方がないよ」

つぶやく以外なにもできず立ちつくしていた。

 

武美に理恵をなだめてもらう。理恵は気が済んだらしい。

「お母さんが心配するから」

と、さっさといってしまった。恵一は武美ともわかれ、ひとり歩きながら考えていた。武美がいなかったら、飲みかけのドクターペッパーを素直に受け取っていたらなどと後悔した。たとえ自分に対する言い訳でしかないとしても、反省せずにはいられなかった。

 

西日が厳しいなか恵一は、日陰を求めてぶらぶら歩いていた。いま実家にかえって片づけでまた疲れるだと考えたからだった。何時だろう。帰りのバスは6時45分だったはずだ。恵一は時計代わりにしている携帯を取り出した。見ると留守録が入っている。

「まっずーい」

青汁を飲み干したかのような声を上げた。そうだった。良く考えてみればそうなのだ。理恵は静江のところから逃げてきてたのだ。恵一はすっかり忘れていた。しまった、捕まえておけば良かった。とくやしそうにつぶやいた。

 

*****

 

ギーン、ギーン携帯が震えだした。静恵からの電話だった。知らないふりをしないと。でも、どうやって、理恵無しでどう収める?けど、こっちに来られたらさらにややっこしいことになる。くまのようにぐずぐずしているうちに着信音の「永遠の詩」(Do As Infinity)が一回りしてしまった。

「でたとこ勝負だ」

と、あきらめて恵一は電話にでた。

 

静江からの電話は慌てたようすはなかった。

「理恵ちゃんね、いなくなっちゃった」

「えっ」

「南国のサニーマートでトイレにいってそれっきり。恵一君おおごとにしたくないっていってたし、だれにもいうてないよ。これでもけっこうさがしたよ」

「そう。わかったよ。後はいいよ。ぼくの責任で探すからもういいよ」

「えっ、いいの」

「いいよ。もう」

「ありがとう。そろそろ幼稚園に迎えにいくじかんなのよ。ね。」

あっさりと話しがついてしまった。つまり、関わりたくないということか。恵一はあっさり切れたケイタイを胸ポケットにしまった。拍子ぬけしつつも、ほっとした。

「さて、東京へ帰ろうか」

恵一は山の緑をしばらく眺めて、そしてゆっくりと歩きだした。

 

理恵は過去への旅行後の健康診断、影響判定を済ませるとまっすぐに、先生の家に来ていた。りえは、行く前に帰ってきたら先生にはまっさきに報告する約束をしていた。でも急いで来たのは、とにかく話したかったからだった。

「せんせい、ただいま」

理恵は玄関を元気よくあけた。ピアノがきこえる。お気に入りのベートーベンでもあかるい曲だ。先生の選曲は気分そのままで疲れるとピアノソナタ「悲愴」を弾く。理恵は嫌いだった。理恵には逃げ出したいような気分なる。決まって、最後まで聞いていられなくて逃げている。この曲調なら機嫌はいいはずだ。先生の気分がいいと理恵も話しがしやすい。理恵はリビングの戸のまえで深呼吸をした。そして、ドアをあけた。

 

理恵の第一声は、

「ただいま、せんせい」

だった。京野 晴子(きょうの はるこ)はピアノから立って理恵を迎えた。

「どうだった、余計なことしなかった?…大丈夫そうね。おかえりなさい」

晴子は、理恵を抱きしめた。晴子は不意に涙が込み上げてきた。母となる人に会えたことは、すばらしいが、今はいないそして何もしらない過去の母にあわせてよかったのだろうか。現実にもどってふと振り返った時に、理恵は後悔しないだろうか。行かすまえによく考えたはずなのにまたと晴子は思った。

「うん、大丈夫。ちゃんとできたよ」

理恵はお構いなしで、話つづける。

「お母さんに、ジュースかってもらったよ」

「そう」

「恵一はねえ、いつものまんまだった。そのままだったよ」

「ふーん」

「あとねえ」

いまの理恵にとっては会ったことの意味より、会うことができたことが全てのようだ。きっと緊張しどうしだったのだろう。妙に興奮している。薬でしゃべれなかったせいかもしれない。

「ねえ、恵一じゃなかった、お父さんに話してあげたらいいんじゃないかしら。」

理恵が、静かになった。

「えっ、今日もかえらないっていってたからいいの」

晴子はほほえみながら言った

「今日は一緒に夕飯を食べましょうって。三人で」

 

恵一を乗せた東京行き夜行バスは出発した。背もたれの違和感に恵一は後ろの座席に振り向いた。後ろにすわっていたのは女性だった。marie crere(マリ クレール)をひろげている。どうも、座席を蹴っていたようだ。シートに白っぽい土ぼこりがついている。勇気をだして恵一は言った。

「東京まで車中ご一緒します中井と申します。消灯後座席を倒しますのでよろしくお願いします。」

 

既刊再掲「すこし FUSHIGI」【3回目】

「すこし FUSHIGI」【3回目】

 

恵一の母は、自宅でまだ料理をしていた。祖母の「じいさんが好きだった鯛の蒸し物」のリクエストに応えるべく、近くの料理上手に料理をおそわっていた。昼に合わせて作っていたのでさすがに調理はほぼおわっていた。

「後は蒸しあがりを待つだけですね」

後片付けもそこそこに鏡台へむかう中井貴子。そろそろ化粧をしないと昼にだす顔がない。

「だけど、こんなに暑いのに、さまさんと出すんは、気がすすまんねえ」

名人こと木須(きす)夫人は額をぬぐった。

「まだいっちゃだめ?」

手があいたとみるや子供達が木須さんにかけよってきた。昼の宴の手前、十時のおやつ抜きで、食い物にうえているようだ。とにかくうるさい。子供が三人そろえば文珠ならぬギャングといったところだろう。

「もういくよほら、玄関に行った行った。貴子さん。この子たちと先に行っててくれません? 私はこの魚ちゃんとさましてからもっていきますから」

貴子は、料理より法事に来てもらわなくてはと思い、

「けど、もうじかんが、読経が始まりますからいいですよ。後で取りにきてもいいでしょが」

「まあ、そうやね」

そそくさと火を落とし、全員で法要のある中井家をめざして出発した。

 

宴会のまえに、十周忌の法要があるのに、宴会用にテーブルをならべていることにいっと(=一番)先に気付いたのは、じっとすわっていた岡田のばあさまだった。恵一が早とちりしてならべた、祭壇のまえのテーブルをどけて、座布団を敷きなおす。そうこうするうちに、お客がどっとやってきた。

 

親戚、じいさんの知り合い、ばあさんの知り合いで、祭壇をしつらえた十畳ほどの床の間兼仏間はいっぱいとなった。昼が目当てのがきもとりあえず後ろのほうに陣取り、経読みがはじまるのをまった。今回はちゃんと坊さんが来てくれたようだ。前回の五周忌のときは忙しいと逃げられ、仕方無くちゃんとした仏徒になっている近所のひとに代理をたのんでいた。さてこれからとはりせんみたいに畳まれた経文を開いたところでおもてから声がする。おもてに人がきたらしい。

 

*****

 

仕出し屋の男は、さっきまで一緒だった女の子のことをかんがえていた。南国バイパスに現れたとき、大日寺前で別れた時には何も感じなかった。けど、今はそのこと自体が気になっていた。魚の仕入れが遅れ、まわりまわって料理も遅れ、急いでいたのに、どうして乗せたのかなと。

しばらくすると、母屋から人がでてきた。男は気をとりなおして

「仕出し屋です、追加の皿もってきましたあ」

と言った。仕入れが遅れて、遅れた刺身の皿を持ってきたのだ。取りにでたのは、恵一だ。

「じゃ、運びましょう」

恵一とワゴンに向かう仕出し屋の男。恵一が気になったのか、話しかける。

「東京からですか」

「ええ、祖父のお祭りなので帰ってきました。久しぶりとはいえよく集まりましたね、びっくりですよ。

でも、どうしてわかりました、東京って」

「それは、東京帰りと言われて、嫌がるひとはないし、東京行くとよそよそしくなってしまう人多いですから。結構あたるでしょ。あっ、どうでもいいことですね、気にしないでください」

気にしないでといわれてもと、言われて恵一はちょっとびっくりしたが、次のことばには一瞬意識が飛ぶほどの衝撃をうけた。

「間に合ったようなんで言いますけど、さっき小さなおへんろさんを乗せたんですよ、あの子も東京からじゃないかなあ」

「小っちゃい子がひとりでおへんろですか、それも東京からきて?」

「聞いたわけじゃないですけど、大日寺で下ろしましたからね」

「ふうん、じゃあおへんろかもしれないね」

 

受け取りのサインをもらうと仕出し屋は帰っていった。恵一には、おへんろの女の子は理恵ではと

直感した。どうやってかはわからないが、理恵が恵一を追ってきたのだと思ったからびっくりしたのだ。

恵一には、理恵が優紀の子守から逃げてきたと思えてならなかった。けど、大日寺で降りたというのは

納得いかなかった。

 

*****

 

さて、恵一が料理を受け取って戻ると祭典は、参列者が祭壇に一人ずつ進みでて、祈りをささげ始めるところまで進行していた。なんとか祈りをささげるのは間に合ったと思って座布団に戻ると、もうまわりはそわそわしはじめている。恵一は、自分が空腹なことに気付いた。理恵が来るかもしれないのに、空腹を感じる。食い意地がはってるなと恵一は一人笑った。

 

式がおわり、祭壇まえにテーブルとござ座布団をしき、皿鉢を並べるのはわいのわいのいいながらも出席者全員参加であっと言う間に終わった。栓抜きがないと慌てる場面もあったが、ほどなく見つかり、すぐに乾杯となった。

「勇のためにまた集まれたことに、かんぱーい」

最年長になる叔父が音頭を取った。恵一はとりあえず注いだビールに口をつけると、手近な皿鉢に目を向けた。周りでは帰省組が郷土料理をねたにした話を始めていた。

「このようかん、東京にはないもんね、ニッケいりなんて」

「そう、けどあずきのようかんほど甘くなくていいよね」

恵一にとってはゆで卵いりかまぼこと並ぶよくわからない料理で、いつも食べてはみるが、なんにも感想がでない料理で、きょうも、何となく小皿にとっていたりする。

「うなぎですか。むかしはまいごが入っていたのにね。今とれんのかねえ」

「確かに、あの巻き貝みませんね。取れても高いんでしょうね」

皿鉢から巻き貝の酒むしが消えたのが環境のせいかどうかは分からないが、恵一にとっては鰻の蒲焼きや鳥の空揚げが皿鉢にはいるようになったことのほうが気になっていた。

 

*****

 

子供のころの皿鉢はもっと取っつきにくい料理だった。いかにも宴会専用ですよというかおをしていた。たとえばこの仙人峡の山のごとく盛られたピンクのいもきんとん。

「このいもきんとんなんでピンクなんやろなあ、はははっ」

なぜか笑っている市街の叔母はさておき、にっきのようかんといい、色からして普通の料理とは別物で、特別な印象があったけれど、いまの皿鉢は、東京に媚びているようにしか見えなかった。

「鯖の鮨もしっかと食うていきよ」

恵一の母が小皿にとった刺身をもってきた。ちょっと高知の鮨はうまいなんて言ってしまうとなかなかしつこい。

「ありがとう。何かとろうか」

持ってきてもらったのだから、お返しをと考えるのが皿鉢を囲む時の礼儀である。

「じゃあ、そこのようかんとって」

甘党の母のこと、やっぱりようかんかと思いながらも、ようかんを三きれほど小皿に盛り、母に突きかえした。

「酒につきあわんか、なあもうええ年としなんじゃきに」

叔父がビールを勧めに隣にきた。お酒好きはむかしから相変わらずで、ビールばかり飲んでいる。足下がもうおぼついていない。もう酒が回っているようだ。

「いやあ、寝ちゃうとみっともないし、遠慮しておきます」

はなしだすと、携帯電波圏外のアナウンスのごとく同じはなしを繰り返すので、席をはなれて台所へ向かった。台所へいってみると、子供が椅子の上にのっている。冷蔵庫の最上段の冷凍室を開けようとしていた。

「氷かい?」

子供は答えず、テーブルを指差した。飲みかけのオレンジジュースがある。

「氷だね」

冷凍室をあけ貯氷ケースをのぞく。空になっているので、製氷皿を取り出し、貯氷ケースに移した。

「ジュースに氷かね。はいはい」

子供に連れられて祖母がきたので、恵一は貯氷ケースを祖母に渡し、再び広間にもどった。広間ではめぼしい料理はあらかたなくなり、挨拶もすんで一息ついている大人と違い、まだまだ子供はさわがしい。

「さかなくずれてきたよ、スプーンとってえ」

恵一の母が子供面倒をみている。恵一ただはたで見ているだけだった。

 

*****

 

大日寺前で車をおりた理恵は、県道からすこし上がったところにある大日寺の境内をぶらぶらしていた。詣でるでもなく、座るでもなく、暑いさなか日陰から日陰へ歩いていた。ときおり空を仰ぎ見ている。

「せみ、うるさい」

もちろんせみはおかまいなしだ。うるさいのをまぎらわすように空をみつめる理恵。雲がながれた。それはもやのような、たばこのたなびくけむりのようなうすい雲だった。理恵はじっとその雲が消えるのを見とどけると、境内をでた。大日寺そばの県道を来た方向に少し戻り、三叉路を右に曲がった。

 

昼の宴はあまり盛り上がらない。暑さまっさかりの盆ならなおさらのことだ。お墓参りまで何人来るかはわからないが、しびれをきらして帰り仕度している人が何人か見受けられる。恵一は母をせっついた。

「そろそろしめてあげないと、叔父さん、寝ちゃうよ」

「そうねえ、あんたしめといて」

「えーっ、めんどいなあ」

「あいすくりんこうてあげるきに。さ、いった、いった」

恵一は、気は乗らなかったし、アイスで人を釣ろうとする母にかちんと来たが、えいやと祭壇のまえに立った。

「えー、そろそろ、とりあえず、お墓参りに行きたいとおもいます。いかれるかたは、そろそろ準備してください」

と、ここでヤジがはいった。

「じいさまに尻向けすんなあ」

祭壇を背にしていたことに気付いて、恵一は慌てて、部屋の角へずれ、さらに続ける。

「行かれないかたは、そのままでけっこうです。帰られるかた、墓参りしてそのまま帰るかたにはお返しを渡しますので、よろしく」

いってるそばで恵一はよく言うなおれと思った。で、結局のところ、ほとんどのお客が、墓参りしてそのまま帰ることがわかった。墓まいりのまえにお返しを渡すと荷物になるが、戻ってくるのはさらにつらいのは皆わかっていたのでとにかく渡し、支度できたひとから送り出していく。最後まで残って母は、ハイヤーの手配をしていた。墓のすぐそばにバス停に、墓参りが済んだころを見計らって迎えにくるてはずである。ハイヤー代は安くはないが、こう暑くては、どうにもしようがない。とみんなおもったにちがいない。

 

*****

 

中井家の墓所は、うら山へ続く道すがらの果樹園のなかにある。昔はもっと山奥に家があったのだそうだが、不便なので引っ越したときに、見晴らしのいいところへと墓も移したのだそうだ。なにがし霊園といった墓地の団地とはちがって、生活につながっている雰囲気がある。見晴らしはいいが、すぐ裏が雑木林で冬でもやぶ蚊が出るのはいつもまいる。結果、墓参りとなると蚊取り線香を腰にさげ、水やらお供え物やらをめいめい分担してもっていくことになる。

「日差しが痛いなあ、わたしも麦わら帽借りれば良かったかなあ」

姪のおんなのこは日差しから逃げまわっている。

「なんか、逃げ水がみえるよ。あじいー」

恵一は汗でべたつく肌にいらつきながら、どうでもいい話で気をまぎらわそうとする。たいていは、わめいているだけに終わるようなことだ。けど、たまに話に乗ってくるやつもいる。

「ええ、みえますね。」

いつのまにか武美と恵一は並んで歩いていた。

「こっちの日差しは痛いですね。空気が澄んでるからかね。東京とは違う」

恵一は続けた。

「暑いのに、理由なんて要らないんじゃない」

恵一はちょっとどきっとした。彼女が抵抗なく話せる人だということに気付いたからだ。恵一は話しの主導権を取ることはほとんどない。主導権のない会話は頭をおさえつけられるかんじがしたが、相手を押さえつけるよりはましと思っている。だから、彼にとって話しやすい人は貴重な存在だ。女性となるとなおさらだ。

「そうかもね」

でも、恵一はそっけなかった。

 

理恵は自動販売機の前にたっていた。県道ぞいにぽつんとたっている。たまに当たりでもう一本出るタイプの自販機だ。一番高いボタンに手をのばす。爪先立ちでは届かない。ジャンプしてみる。簡単に手がとどいた。自販機の周りぐるっとを一回りした理恵は恵一達のいる山道にむかって歩いていった。

 

*****

 

恵一ははいていたズボンに泥がついてがっくりきていた。狭い一軒家の階段のような墓場への登り口でぬかるみに足をとられてこけたからだ。来るたびに気を付けているのだが、またやってしまった。夏とはいえ、いまさら洗濯なんかしていたら今日中に立つことができないと思う恵一。帰りのバス代を無駄にするしかないのか。恵一は無性にいらだった。どろ汚れを気にしない子供たちが歓声をあげた。墓所まで登ってみると見晴らしがよく、室戸の海まで見える。振り返ってみると、墓石には苔がはえている。見晴らしがいいといっても石垣を背にしており、かつ、ならが繁る雑木林のなかにあるのだ。当然だろう。はしゃいだ子供のひとりが、こけですべって、べそをかいている。わんわん泣く子にばあさんが、

「こたあえたのがいかん」

とびしゃり。意味としては「ふざけたほうがわるい」というところだろうか。墓石の苔をたわしで落とし、先祖の皆様を詣でる。祖父母、曾祖父母5、6人の個人墓とそれ以前の合祀墓を一基ずつぐるぐるとめぐる。恵一は先祖といわれても知らない人に何を思えばいいのだろうかといつも思う。(明日のこどもたちにならあるの)後頭部でトライアングルが響くようににうかんできたメッセージに思わずふりむいた。誰もみあたらない。空耳のようだが何かがちがう。思い付きとはちがう感触があるメッセージ。だれかからのメッセージだろうか。だれか。理恵かもしれない。恵一は辺りをみまわした。

既刊再掲「すこし FUSHIGI」【2回目】

「すこし FUSHIGI」【2回目】

 

高知駅に着いたのは、朝7時45分をまわった所だった。天気は快晴、すでに、日差しが手の甲を刺すように照りつけている。肌には厳しいが、暑いといっても東京とはすごしやすさが違う。東京は熱気が体にまとわりつく感じで、こっちでは熱気は襲ってくる感じだ。端的にあらわれるのが、汗のかきかたで、東京の汗は冷房なしに乾くことがないが、高知の汗は屋外でも風にふかれれば乾いていく。ほんのすこしの差だけど、体を冷房なしで休ませることができるのは、精神的にも健康増進になるなあと思いをめぐらす。が、根本的に暑いのはきらいな恵一は、涼める場所を求めて駅前をさまようことになった。というのも、田中優紀との待ち合わせが午前十時に、土電西武のはりまや橋交差点側の入口ということになったからだ。午前9時になろうかという時間では当然のように、ほとんどの店が閉まっている。無論、喫茶店は何軒か開いていたのだが、理恵の、

「理恵、タバコはだめ。」

と、この生存をおびやかすほどの暑さにも動じず入店拒否してしまい、

「理恵ちゃん、このままでは倒れてしまいそう」

といった説得を聞き入れてくれないまま、冷房はないが、屋根のある帯屋町通りに涼をもとめてすすんでいく。

「魚屋があいててもなあ。あれ」

砕いた氷のうえの魚と、手書きの値札がスーパーの魚屋「もどき」の鮮魚コーナーと違うようにみえるのは、さかなのにおいがするからにちがいない。理恵は大きく円を描くように避けようとする。対照的に恵一は魚屋にちかづいていき、理恵を呼び止めた。

「理恵ちゃん、朝飯にさあ、鯖のすしたべない、魚たべられるかなあ」

「え、ええ多分」

「あと、酸っぱいのはどう」

「どうっていっても。はやくいきましょう」

恵一は鯖のすしを買うと、理恵のあとを追った。

 

人間、帰巣本能というか、見慣れた、使い慣れた物にひきよせられるようで、恵一達は図書館に朝一番乗りをはたしていた。恵一は本の虫だったことがある。中学生の頃学校の図書室に通いつめ、図書委員長にまでなってしまった。休み時間に、昼休み、夏休み、冬休みと入り浸って、片っ端からページ

をめくっていた。動機は、司書の先生がすきといういたって不純なものだったけど、かえって、本が傷んでいるだの、新刊が読みたいだの本にさわるたびいちいち騒ぐ真性本の虫より、先生の覚えはよかったようだった。高知県の数少ない図書館である高知市立図書館の飲食可の休憩室と売店に来るのは中学時代以来になる。売店で瓶入り牛乳をふたつ買って、朝飯ににした。

 

土電西武へは、待ち合わせ二分前に着いた。図書館で本当は新聞でも読みもって(ながら)涼もうとしたのだが、理恵にはばまれたので、図書館を早めにでたのがぴったし当たり、待ち合わせに間に合った。と思ったが、彼女は先にきていた。

「やあ、ひさしぶりだね。またせたかな」

「そんなにまちやせんけど、あついなあここ」

「喫茶店でもさがそうか、ねえ、理恵ちゃん」

「それなら、いいのがあるのよ。ここに」

と、土電西武を指差した。ということで、開店した土電西武の喫茶店へ向かった。

 

*****

 

彼女って、なんかけばい。理恵は優紀の放つパウダーと香水の甘い香りが鼻について息苦しさを感じていた。理恵は、あまりはやらない化粧品の外交員をしている叔母を思い出した。叔母の格好についてママは、綺麗だといっていたが、うそっぽい。だって、ただでもらったサンプルを一つも開けずに捨ててたし。

とはいえ、人見知りをしているばあいでもないでしょ。うわっ、なれなれしいわね。おでこをなでるな。

「かわいいけど、元気ないわね。」

一言おおいかも。この女。

「さあね。でも、ここまでついてきた根性は見上げたもんだろう」

適当なこといってるし。

まあ、聞き流しておきましょう。

「で、本当に覚えはないの、この子に」

「うん。大体逆算すると、大学にいたころになるけど…ないない、ぜったいない」

そりゃそうよね、だって。

「じゃあ、いまは?今の彼女の子かもよ」

「いや、今はもう別れた」

「じゃあ、過去の彼女が、新しいパパ候補に探りをいれているのかも」

この女、こりゃ、二時間ミステリーの乗りね。全くひとごとだね。

「君には迷惑をかけるけど、さすがにこの子を法事につれていく訳にはいかないからさ、こうして君に会っているわけさ」

もう本題にはいっちゃうの?彼女話し足りなそうなのに。

「えっ」

「この子を預かってほしいんだ」

「隠し子をかくすわけ?」

ワイドショウ的な発想ね。面白いかも。

「まあ、そうなるのかな」

「いつもお世話になっているから、むげにしたくはないけれど、あんまりつきあってられないのよね。」

この女、その気のようね。交渉成立かな。

「今日の夕方まででいいんだ。この子を早いとこ東京に送らなきゃいけないし」

あっ、人をだしにつかってる。

「宴会とか苦手だったよね、そういえば」

「まあね」

で、あわれなわたしの運命は?

「納得はしないけど、とりあえず、この子は預かるわ。でも、一分たりとも延長はなしだからね」

「ありがとうな。で、何時まで預かってくれるん?」

 

*****

 

高知県東部、車で一時間ほどのところに中井恵一の実家はある。優紀に理恵を預けた恵一が実家についたのは午前十一時を回ったころだった。

「ただいまあ」

恵一にとって二年ぶりの帰宅である。出てきたのは母方の祖母。

「やっと戻ったかね。まあ、とりあえず座って。もうすぐ皿鉢(さわち)がとどくきね」

「そう。ばあちゃん、かあさんはどうした?離れにもいなかったようやけど」

「ええっと、そう、蝋燭がのうて仲吉さんのとこまでお使いにいてる」

「ところで、どれくらいでお客するの、すんぐにかえるきに、(料理が)どっさりのこってもしらないよ」

「でも、じいさまが好きやき、たんとたのんだで」

「まあかってにしいや。」

恵一は祖母とひとしきり再会の挨拶をし、居間でテレビ番組を一通り物色する。といっても、昼直前にこれといったものもなく、昼になるまえにまずはトイレにいくことにした。

「ところで、サンダルない?靴はあつくてかなわん」

「んえ、サンダルなら洗濯干し場にあるよ。」

ああ、と気のぬけた返事をして、脱ぎかけだった靴をはきなおし中庭にでた。洗洗濯場は、母屋勝手口からみて右ななめまえにある。屋根があるので、農作業用具のたぐいと一緒にしてあるのだろうなと恵一は探してみる。サンダルは泥の残っているゴム長靴と同じ下駄箱と一緒に入っていた。いくつかあったなかで選んだサンダルは、いぼのついた健康サンダルで、入れ違いに脱いだくつはサンダルのあった棚に置いた。靴下も脱げたらなあ、などとつぶやいていると、郵便うけのあたりから

「こんにちわ」

と女の声がする。とおもったら、また、

「こんにちわ」

と声はするが、入ってこない。母屋からだれもでてこないので、

「はい、どなたさまあ」

と恵一は答えた。

 

*****

 

郵便うけの方にいってみると、老婆と若い女性が立っている。

「どうかなさいましたか?」

と恵一が聞くと、

「まだ、準備があるだろうからと止めたのですが、手伝いがいるだろうと言ってきかなくて」

「どちら様でしょうか。(祖母に)とりつぎますので」

「岡田です。岡田とその孫が来たとつたえていただければ、分かるとおもいます」

ということで岡田家のひとを広間にとおすと恵一は祖母に岡田家が来たこと伝えたが、手伝いは特にいらないとのこと。といっても、大広間のテーブルは並べていない。仕方無いので、最初のおきゃくさん、岡田めい、岡田長美(たけみ)には、テーブルを並べるまで大広間のすみでしばらく待ってもらうことにした。

「すみません。料理がそろってからと思っていたもので」

恵一は広間にコの字を描くように折り畳みテーブルの足をひろげ、置いたテーブルの上を布巾でふいていく。

「いえ。手伝います。座布団しきますよ」

長美は、とりあえずてつだうことにした。

「そうですね。」

恵一には、座布団はどうでもよかった。

「暑いですね。」

トイレにたった時に少しは見栄えがするようにとシャツの襟をただしたのが、首の汗腺をいたく刺激したらく、テーブルを運ぶたびに汗がうなじを流れ、イライラさせた。

「東京よりはましだけどね」

「東京におつとめですか、どうりで言葉がきれいですね」

恵一はすこしかちんときた。

「高知のことば、もっとおぼえといたらとおもっているんですけどね」

「そうですか、わたしも東京ですけど、そんなには思いませんけど」

「そうです。こっちへくるたんびに、なんか仲間はずれだなって思っているんですから」

「うげるこちゃあない、くそいちがいにおもうからあかん」

めいばあさんは、こともなげにつぶやくと、

「自分がいたいなら、なんとおもわれようとも来てちゃんとしてればよかよ」

法事に戻ってきたことをほめているらしい。

「はあ」

「わたしのまわりと逆ね。訛りがぬけないっていってるコっておおいんだから」

「いや、べつに困っているわけじゃないから」

恵一は、気をとりなおして、

「テーブルはこれでいい、取り皿とかならべるかい」

祖母は、いそいそと

「はい、まっててよ」

皿のはいったかごをもってきた。

 

*****

 

理恵は気分がわるかった。バスで寝付けずに寝不足なうえに、恵一に夏の高知市街をつれまわされ、またこうして冷房のきいた車に乗ったからだ。冷房病にでもかかったのだろううか。理恵はしきりにうでをさすっていた。運転にかまけて優紀は理恵寒がるのに気付くことなく、南国バイパスをHONDAのCityで室戸方面へ飛ばしていた。見知らぬ子供を家にいれるのはイヤだったし、しばらく家にこもっていたので、ドライブしたくなっていたのだ。どこへいこうか…優紀にとってみれば理恵は通りすがりな子供であまりかかわりたくなかった。手っ取り早くつまり、子供だましが欲しいと思った。 しかし、優紀にはどう考えても理恵が喜ぶ姿が想像できなかった。とりあえず相手は子供なので、やなせたかしアンパンマン美術館をめざしてドライブすることにした。高知市街を抜け、仁淀川を渡ったところで、理恵がトイレに行きたいと騒ぎだした。それならと、優紀が向かったのはロードサイドのショッピングセンター”サニーアクシス南国店”だ。何度かいったことがあり、それなりに使えるトイレがあることを知っていたからだ。

サニーアクシスにつくと、理恵はとりあえずトイレにかけこむ。洗面台でピルケースの薬をあおる。気分がすぐ良くなるわけではないが、とりあえず安堵といったところか。気分がわるいことより問題なのは、くすりの効き目がきれてしまったことだ。気分がわるいのはあくまでも副作用でしかない。くすりのおかげで、このさわがしい時期の日本でなんとかままごとがやっていけている。実際、勘がするどくなる効用があることで、恵一しだいの行き当たりばったりのこの旅はいまのところうまくいっているようだ。理恵は、誰かに薬を飲むのを見られてもかまわないと思うのだが、旅にでるときにした先生との約束は破りたくないとも思っていた。

「あと6時間かあ」

ためいきに似たつぶやきは、

「突っ走るだけ突っ走るよ、先生」

励ましにかわった。

 

*****

 

トイレから出てきた理恵は、トイレのそばでまっていた優紀に、

「まってなくても、ちゃんともどれるからいいのに」

と言い放った。生意気な理恵の態度をとがめるでもなく優紀は

「そう、ちょっと服を見るから、そこいらで遊んでてね」

と理恵に500円玉を渡すと婦人服売り場へ行ってしまった。

さて、高知には皿鉢(さわち)なる料理がある。皿鉢料理は一皿一万円ほどの冠婚葬祭用料理である。盛られる料理には大きく鮨盛りと刺身盛りに分かれ、刺身盛りは一万四千円ぐらいする。だいたい3ー4人分が一皿に盛られている。もちろん、自前で料理する家もあろうが、たいがいは出前してもらうものになっている。高知には仕出し料理屋が東京都区部の出前ピザ屋並にある。値段にみあうとはいまいち思えないが、結構おもしろい。一ついっておくと、東京とかで郷土料理として出るものとは違うものであるからよろしく。理由はいろいろあろうが、見栄を張ろうとせずに、「お客」によろこばれそうな料理をあつめたところに、見栄より食欲に忠実な南国ならではの気質がみえる。

 

なにか思い立った理恵は、ゲームコーナーを横切りショッピングセンターを抜け出した。車が途切れるのを待って、反対側へ渡る。そして、南国バイパス室戸方向の車道で親指を立てた。

 

理恵が見たデジャブは仕出し屋の軽ワゴンが止まるところであり、かつ、いますぐ乗れば大日寺に行ける、ということを感じたからである。

 

確信のなせる業か、理恵は難なく既視感のある軽ワゴンを止めることに成功した。

大日寺まで乗せてって」

ぶっきらぼうに告げたお願いはなぜか通じ、

「ああ、乗っときな」

左前のドアがあけられ助手席に迎えられる。車には40代位のいかにも料理人といった感じのおやじと配達を待つ皿鉢がのっていた。

「さわんなよ」

理恵は

「はい」

とだけ答えた。助手席から手をのばしても、シートベルトでつかえて、大皿には手はとどきそうにはなかったが。理恵は眼をつぶった。