”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【3回目】

「最後の観客(Last Audience)」【3回目】

何がなんだか、わからないままの俺に代わって、フィアをなだめたのは、ケン、レン、ラルーだった。といっても、フィアに泣いて抱きついただけだが。それで、我に返ったようだった。その後の温泉ときのこのフルコースで、俺はたちまち立ち直った。リーフその他の子供の話では、森が深いので夏は涼しいし、冬も温泉があるのであったかいとのこと。きのこも、木の実も、ウサギも取り放題なので、食うにも困らないということだ。数日の休養がすぎて、俺の体調が元に戻るころには、いきさつ上俺に対しては近寄りがたそうにしていたフィアとも落ち着いて、話ができるようになっていた。

「聞きたいことって今度は何?」
「どうして、こうなった。俺が気絶している間のこと、面倒なところも、いちいち説明してくれ」

フィアは少し黙ると、食堂に使っている洞穴の上の方のくぼみに目をやった。そこには、ろうそく置き用に掘ったと見える小さな横穴があった。フィアはイスをそばに寄せてその上に立ち、横穴に手をつっこんで何かを取り出すと、投げてよこした。

「これを読んで。私、でてるから」

紙の包みをちらっと見たあと、逃げるようにフィアは出ていった。紙の包みを縛っている糸を解くと中から、封がされた手紙三通と、本が出てきた。手紙は封筒に入れられ、開け口には手書きの「封」の字で封がされている。表にはそれぞれ、一、二、三と数字が振ってあり、裏にはトリエナスと署名されている。本を見ると、背表紙には「古語辞典」とあるが、開いてみると印刷された本ではなく、手書きの文字で埋められている。日記帳のようだ。

内表紙には、「最後を見届ける人へ」となっていた。題名になぞかけめいた意図を感じつつ俺は、一通り読んでみることにした。


*****

トリエナス先生の残したであろう本をパラパラとめくって見た限りでは、やはり単なる日記帳のようだった。手書きの本だといくら文字が綺麗でも、量をこなすのは大変だ。おまけに、内容が整理されていないようだ。めんどうだな。でも、フィアは逃げてしまったので読むしかないようだ。残された日記ということは、最後の方に重要なことが書いてあるのが相場だろう。ということで、最後から読んでいくことにした。

一月二十三日
フィアについての調査は今日の報告会で一段落。会長から今後は親代わりをしろと言われる。返事は待ってもらうことにした。

養子であることを隠して、未婚の子持ちになれというのだから、世間的にはよくはわからないが、思うに変な話だ。

数行の空白の後、インクの色が変わっていた。後で書き足したようだ。

夕方にトレソが催促に来た。結局受けることにする。終わろうとしている入れ墨を伴う術の伝承は誰かがしなくてはいけない。この機会は逃してはいけないと思う。彼女を茨に寝かすことになっても。

そうか、と思わずつぶやく。

フィアは、トリエナス先生の養子だったのだ。そして、そのことをこの日記で知った。逃げようのない事実を突きつけられた。その記憶がまだ生々しいのだろう。だから、それを知られる瞬間に立ち会うのはいたたまれなかった。逃げたのだ。


*****

 日記は、あまりおもしろくなかった。連続して起きた事故にまつわる噂。無責任な上層部への八つ当たり。魔術師協会への非難と妬み。通して読んでみると日記を書いていたのは、原因不明の魔術事故が多発し、魔術使いが街から追い出されてしまった苦しい時期だったことがわかる。それに、日記の最後にあったフィアに関して調べたことについて書かれていない。ちょっと引っかかる。違和感がある。調べたであろうフィアに関する情報はもちろん、どこかへ調査で出かけたとか、誰かと会ってはなしたとか、最後と結びつきそうなことは何も書かれていない。どうしてだろう?調査内容は秘密というのは十分考えられる。調査中に結論めいたものを出していたことがばれた場合、結果ありきで調査していたと言われかねない。とはいえ公の調査ならどこへ出かけた程度は日記に書くと思うのだが。調査自体が秘密なら最後の調査報告のくだりはますますおかしい。終わったからとも一見思えるが、いや。と考え込んでいたら、ばたばたと外が騒がしい。誰かが走ってくるようだ。息を切らして、リーフが飛び込んできた。

「ねえちゃんが連れてかれた。どうしよう、ねえ」

っていわれても、なあ。


*****

外にでてみると、トリエナス先生が立っていた。

「先生、おひさし…」

いきなり左の頬をぶたれた。

「何ですか、いき…」

痛くてとっさにしゃがみ込む俺。脇腹にめがけて蹴りが入った。肘で防いだが、左に飛ばされたところで体勢を立て直し、先生に向き合う。

「ひどいですね、いきなり潰しにかかるなんて」

少しの間、何かを考えているかのように、沈黙していたが、

「娘に手を上げといて、よくいうわね、もーっ」

聞く耳持たずと言った感じで再び足げりを繰り出してくる。俺は先生の左の蹴りをよけつつ、左から回り込もうとする。俺は、先生に手をあげたくなかった。親身になってくれたし本気で好きだったころもある。魔法を封じた先生相手なら、逃げ回るだけで済んだかもしれない。けど、さっきの張り手されたときに先生の腕に新しい入れ墨があったのを見た。街に残るためにつぶしたはず入れ墨がまた入れられている。習う事は無かったが、先生本来の専門は、魔法による暗殺と噂があった。それが本当なら直接人を傷つける術を持たない俺にはどうしようもない。結局どんな術にせよ、使われる前に腕を押さえ、口を塞ぐしか無い。俺は我ながら勇敢に飛びかかった。捕まえることが出来ないまま結構時間が経った、気がする。息が上がって、俺はヒザに手をつき、先生も肩で息をしている。先生の動きが止まった。

「そろそろ気が済んだかしら」

先生がつぶやいた。

「また、いれたのだ、入れ墨」

俺は叫び返す。

「ええ、生きて行くには必要になったの」

淡々と答えると先生は、

「鬼、悪魔、死ね」

腕をさするとともにと詠唱した。予想は悪い方に的中したようだ。最悪だ。

*****

「鬼、悪魔、死ね」

もはや、相対する者を認めない、単なる呪いだ。故に強力ともいえる。効果絶大とはいえ、副作用として自分の能力を落としてしまう側面がある。だから、俺は試したことがないが、こうなったらしかたない。

「フィアは、どこへ隠したのですか」

俺は開き直って、状況を整理することにした。

「遠くへ送っといたよ。協会の手が届かないようにね」

術の発動を待つばかりになって余裕が出来たのかすんなり答える。俺を協会の人間だと見ているのか。という事は先生、協会を敵に回しているのか。へー買いかぶってくれているのだ。

「そう、それはそれでよかった。こんな格好悪いところ、見られたくありませんからね。ところで、フィアは俺のこと何かいっていました?」
「いいえ」

「ここに住んでいる子供たちのことは?まさか全部かたづけちゃったとかいうことですか」
「いいえ」

とりつくしまがない。既に呪詛は発動している。敵(かたき)と決めた相手とは問答無用という事だろうか、それとも全てがはったりなのか。先生は耳たぶの後ろを撫でた。空がぱっとかき曇る。自然の脅威を恐れよ、恐れぬ者は雷に当たってしまえ!と言わん感じになってきた。

「先生が変わったのか、先生でないのか、そんなことはどうでもいい、よくなった。人の話を聞かず、子供がいるのを無視して、呪詛をはくなんて」

先生はなにも答えない。

「先生、聞こえていますか」

やはり先生は答えない。

「そうですか、了解です」

俺は両手を地面について、先生の術に対抗する術の詠唱を始めた。


*****

呪詛は他者を否定する ― 呪詛は相手をおとしめ、故に相手を痛めつける強力な術だ。

一方で、呪詛は自らに負のエネルギーを呼び込むことであり、本来正気をもって自然と向き合う術者をおとしめることになる。しかしながら、放たれた呪詛に打ち勝ちたいなら、さらに強力な呪詛を放つしかない。双方の力を拮抗させる。ここまでは教科書通りだ。

教科書通りだけど、けど、先生は、耳を閉じてしまっている。こちらの問いかけに無反応になってしまっている。呪詛は他の土や空や水に働きかける術と違って、言葉が通じる相手に対して発現する力だ。必然として反撃を封じるなら自らの耳を塞ぐのも有りだ。一対一ならではの究極の防御策と言えよう。これでは呪詛を放つのは、単なるトンマでしかない。で、それまでの術は取り消しにする。

「ばい、ばい、ばい」

余裕もないし、すべき事も無い。いつ雷が落ちてきても文句がいえない状況だ。結局うかつにも先手を取られたことが全てだった。ひとりなら、飛んで逃げてもいいが、レン、ケン、ラルーに加え、フィアと一緒の子供がいて、先生はふつうじゃない。分別無く襲いそうな感じ。胸のあたりが冷え冷えとする。しかしだ、しかし。追いつめられたものだ。フィアといい、トリエナス先生といい、なんで襲ってくるのだろう。何らかの理由はあるが、そう、

「これなら文句有るまい」

といわんばかりの印象を受ける。うまいというか、無理が無さ過ぎる。お誂え向きな理由といった感じ。そういえば、呪詛の相手が見知らぬ誰かで、何も聞こえない状態であれば、あるいは棍棒かなんかで殴り殺すという判断もありだったな。でも、先生は、先生だ。やっぱり無しだ。先生の日記といい、成り行きとしては不自然なところが多すぎる。誰かが絵を書いた気がする。だがどうにも見えてこない。閃光が走った。しばらくして起きる雷鳴。気のせいかもしれないが、煙が立ちこめてきた気がする。まずい、雷が近くで落ち始めた。おれは水たまりに覆いかぶさるようにして手をつき、一か八かで術を唱えた。

「無理、無駄、残念」

俺は、自分に対し無力化の術をかけた。先生の呪詛を消せない以上、呪われる方の力をそぐしかない。うまくいきそうには思えなかったが、出来そうなことは相手の術式から逃れるくらいしかなかった。

*****

 脱力の術が効いてきて、俺は、朝五時から日帰り登山をした帰りのような脱力感に襲われた。命が危ないのだけど、めんどくなってきた。先生とか、街とか、フィアとかも、なんかどうでも良くなってきて、先生に背を向ける。だが、先生は反応しない。

「しんどい、イスに座らせて」

と俺はつぶやきながら、対決中の先生を無視して、フィアたちの洞窟に歩いていった。洞窟の中は静かだった。外の騒ぎが嘘のように。俺の足音しかしない。だれもいないからだろう、勝手に思う。腰を下ろすには一番暗い、突き当たりがいいだろう。そっとしておいてほしい。そう思って先へ進んでいく。行くと、誰かがなにかを抱え込むような姿勢でなにやらブツブツ唱えている。

「…いやだ…とんでけ…いやな…」

なんかいるとは思ったが、そこは無気力全開な俺、誰かなんて疑問さえ思いもつかず、何食わぬ顔でその横に腰を下ろした。しばらくは何も起きなかった。起きなかったようだが、ぼーっとしていたのでどのくらいかはわからない。次に気が付いたのは、おそらくはフィアにひっぱたかれた後、周りに煙が立ちこめてきていた。

「あれ、先生にさらわれたのじゃ?」
「ばか、ばか、ばかあ」

フィアにしがみつかれ、身動きが取れない中、自由な右手でひりひりする右の頬をさする。納得はできないが、多分フィアが俺を徹底的にビンタしたので、俺は正気に戻り、その事でフィアをまた泣かしてしまったようだった。

 

*****

 

正気に戻ったのが良かったのかどうか、周りの雰囲気は最悪になって来ていた。俺のほおはじんじん痛いし、行き場を失った雷が森のどこかに落ちたのだろう。当たりには煙が立ちこめていた。フィアはまだ突っ伏して泣いている。そして、先生はまだ外にいるはずだ。

こふっ、こふっ

咳が出る。煙は予想外だった。まずい事に煙で息が苦しくなってきているのがわかる。立てこもって先生の消耗を待つのはできない話となっていた。さらにあり得ないことにフィアがここに居るけど。この状況で、フィアをみると、いたぶられた記憶が戻って来て、我ながら嫌になる。理由あっての事といっても、痛い事には変わりない。痛みは消える事は無い。忘れるだけだ。こうしょっちゅうたたかれては忘れようも無く、恨めしさが沸々とわいてくる。ちょっとひっぱたきたくなった。少しは暴力以外の術を覚えやがれと言いたくなった。

気づくと、フィアは盛大に泣いて泣きつかれたのだろうか、ぴくりともしなくなっていた。フィアの脇腹を蹴ってみる。あくまでも優しくだ。反応無し。仰向けに起こしてみる。涙やらよだれやらでべたべたしている。ハンカチで拭ってやる。こうしてみると、まだまだ子どもだな。太っている訳ではないのだが、ほおとか、手の甲とか体の各所がぷくぷくしている。成長すると、ほっそりとしてくるのだろうか。いや、俺はそんな年端のいかないガキに振りまわされっぱなしなのだよな。よし、フィアを連れ出して、先生にぶつけてみよう。人を人さらい呼ばわりする状況でフィアが出てくれば、動揺するのではないか。そもそも、先生には誤解している。俺がフィアをさらうわけがない。向こうから襲って来た位なのに。あと、先生の日記は持って行こう。実はフィアのことよりこっちを盗まれた事で怒っているのかもしれないしね。

フィアを抱え、日記を懐に、左の壁を伝って外へ出ると、外は雨になっていた。強い雨ではない。向かいの家へなら突っ切る程度の雨だ。トリエナス先生の姿が見えない。もやとかかかっているのではなく、
いないのだ。代わりになのだろうか、わからないが会長が立っていた。立っていたのは先生ではなく、会長だった。