”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

既刊再掲「すこし FUSHIGI」【2回目】

「すこし FUSHIGI」【2回目】

 

高知駅に着いたのは、朝7時45分をまわった所だった。天気は快晴、すでに、日差しが手の甲を刺すように照りつけている。肌には厳しいが、暑いといっても東京とはすごしやすさが違う。東京は熱気が体にまとわりつく感じで、こっちでは熱気は襲ってくる感じだ。端的にあらわれるのが、汗のかきかたで、東京の汗は冷房なしに乾くことがないが、高知の汗は屋外でも風にふかれれば乾いていく。ほんのすこしの差だけど、体を冷房なしで休ませることができるのは、精神的にも健康増進になるなあと思いをめぐらす。が、根本的に暑いのはきらいな恵一は、涼める場所を求めて駅前をさまようことになった。というのも、田中優紀との待ち合わせが午前十時に、土電西武のはりまや橋交差点側の入口ということになったからだ。午前9時になろうかという時間では当然のように、ほとんどの店が閉まっている。無論、喫茶店は何軒か開いていたのだが、理恵の、

「理恵、タバコはだめ。」

と、この生存をおびやかすほどの暑さにも動じず入店拒否してしまい、

「理恵ちゃん、このままでは倒れてしまいそう」

といった説得を聞き入れてくれないまま、冷房はないが、屋根のある帯屋町通りに涼をもとめてすすんでいく。

「魚屋があいててもなあ。あれ」

砕いた氷のうえの魚と、手書きの値札がスーパーの魚屋「もどき」の鮮魚コーナーと違うようにみえるのは、さかなのにおいがするからにちがいない。理恵は大きく円を描くように避けようとする。対照的に恵一は魚屋にちかづいていき、理恵を呼び止めた。

「理恵ちゃん、朝飯にさあ、鯖のすしたべない、魚たべられるかなあ」

「え、ええ多分」

「あと、酸っぱいのはどう」

「どうっていっても。はやくいきましょう」

恵一は鯖のすしを買うと、理恵のあとを追った。

 

人間、帰巣本能というか、見慣れた、使い慣れた物にひきよせられるようで、恵一達は図書館に朝一番乗りをはたしていた。恵一は本の虫だったことがある。中学生の頃学校の図書室に通いつめ、図書委員長にまでなってしまった。休み時間に、昼休み、夏休み、冬休みと入り浸って、片っ端からページ

をめくっていた。動機は、司書の先生がすきといういたって不純なものだったけど、かえって、本が傷んでいるだの、新刊が読みたいだの本にさわるたびいちいち騒ぐ真性本の虫より、先生の覚えはよかったようだった。高知県の数少ない図書館である高知市立図書館の飲食可の休憩室と売店に来るのは中学時代以来になる。売店で瓶入り牛乳をふたつ買って、朝飯ににした。

 

土電西武へは、待ち合わせ二分前に着いた。図書館で本当は新聞でも読みもって(ながら)涼もうとしたのだが、理恵にはばまれたので、図書館を早めにでたのがぴったし当たり、待ち合わせに間に合った。と思ったが、彼女は先にきていた。

「やあ、ひさしぶりだね。またせたかな」

「そんなにまちやせんけど、あついなあここ」

「喫茶店でもさがそうか、ねえ、理恵ちゃん」

「それなら、いいのがあるのよ。ここに」

と、土電西武を指差した。ということで、開店した土電西武の喫茶店へ向かった。

 

*****

 

彼女って、なんかけばい。理恵は優紀の放つパウダーと香水の甘い香りが鼻について息苦しさを感じていた。理恵は、あまりはやらない化粧品の外交員をしている叔母を思い出した。叔母の格好についてママは、綺麗だといっていたが、うそっぽい。だって、ただでもらったサンプルを一つも開けずに捨ててたし。

とはいえ、人見知りをしているばあいでもないでしょ。うわっ、なれなれしいわね。おでこをなでるな。

「かわいいけど、元気ないわね。」

一言おおいかも。この女。

「さあね。でも、ここまでついてきた根性は見上げたもんだろう」

適当なこといってるし。

まあ、聞き流しておきましょう。

「で、本当に覚えはないの、この子に」

「うん。大体逆算すると、大学にいたころになるけど…ないない、ぜったいない」

そりゃそうよね、だって。

「じゃあ、いまは?今の彼女の子かもよ」

「いや、今はもう別れた」

「じゃあ、過去の彼女が、新しいパパ候補に探りをいれているのかも」

この女、こりゃ、二時間ミステリーの乗りね。全くひとごとだね。

「君には迷惑をかけるけど、さすがにこの子を法事につれていく訳にはいかないからさ、こうして君に会っているわけさ」

もう本題にはいっちゃうの?彼女話し足りなそうなのに。

「えっ」

「この子を預かってほしいんだ」

「隠し子をかくすわけ?」

ワイドショウ的な発想ね。面白いかも。

「まあ、そうなるのかな」

「いつもお世話になっているから、むげにしたくはないけれど、あんまりつきあってられないのよね。」

この女、その気のようね。交渉成立かな。

「今日の夕方まででいいんだ。この子を早いとこ東京に送らなきゃいけないし」

あっ、人をだしにつかってる。

「宴会とか苦手だったよね、そういえば」

「まあね」

で、あわれなわたしの運命は?

「納得はしないけど、とりあえず、この子は預かるわ。でも、一分たりとも延長はなしだからね」

「ありがとうな。で、何時まで預かってくれるん?」

 

*****

 

高知県東部、車で一時間ほどのところに中井恵一の実家はある。優紀に理恵を預けた恵一が実家についたのは午前十一時を回ったころだった。

「ただいまあ」

恵一にとって二年ぶりの帰宅である。出てきたのは母方の祖母。

「やっと戻ったかね。まあ、とりあえず座って。もうすぐ皿鉢(さわち)がとどくきね」

「そう。ばあちゃん、かあさんはどうした?離れにもいなかったようやけど」

「ええっと、そう、蝋燭がのうて仲吉さんのとこまでお使いにいてる」

「ところで、どれくらいでお客するの、すんぐにかえるきに、(料理が)どっさりのこってもしらないよ」

「でも、じいさまが好きやき、たんとたのんだで」

「まあかってにしいや。」

恵一は祖母とひとしきり再会の挨拶をし、居間でテレビ番組を一通り物色する。といっても、昼直前にこれといったものもなく、昼になるまえにまずはトイレにいくことにした。

「ところで、サンダルない?靴はあつくてかなわん」

「んえ、サンダルなら洗濯干し場にあるよ。」

ああ、と気のぬけた返事をして、脱ぎかけだった靴をはきなおし中庭にでた。洗洗濯場は、母屋勝手口からみて右ななめまえにある。屋根があるので、農作業用具のたぐいと一緒にしてあるのだろうなと恵一は探してみる。サンダルは泥の残っているゴム長靴と同じ下駄箱と一緒に入っていた。いくつかあったなかで選んだサンダルは、いぼのついた健康サンダルで、入れ違いに脱いだくつはサンダルのあった棚に置いた。靴下も脱げたらなあ、などとつぶやいていると、郵便うけのあたりから

「こんにちわ」

と女の声がする。とおもったら、また、

「こんにちわ」

と声はするが、入ってこない。母屋からだれもでてこないので、

「はい、どなたさまあ」

と恵一は答えた。

 

*****

 

郵便うけの方にいってみると、老婆と若い女性が立っている。

「どうかなさいましたか?」

と恵一が聞くと、

「まだ、準備があるだろうからと止めたのですが、手伝いがいるだろうと言ってきかなくて」

「どちら様でしょうか。(祖母に)とりつぎますので」

「岡田です。岡田とその孫が来たとつたえていただければ、分かるとおもいます」

ということで岡田家のひとを広間にとおすと恵一は祖母に岡田家が来たこと伝えたが、手伝いは特にいらないとのこと。といっても、大広間のテーブルは並べていない。仕方無いので、最初のおきゃくさん、岡田めい、岡田長美(たけみ)には、テーブルを並べるまで大広間のすみでしばらく待ってもらうことにした。

「すみません。料理がそろってからと思っていたもので」

恵一は広間にコの字を描くように折り畳みテーブルの足をひろげ、置いたテーブルの上を布巾でふいていく。

「いえ。手伝います。座布団しきますよ」

長美は、とりあえずてつだうことにした。

「そうですね。」

恵一には、座布団はどうでもよかった。

「暑いですね。」

トイレにたった時に少しは見栄えがするようにとシャツの襟をただしたのが、首の汗腺をいたく刺激したらく、テーブルを運ぶたびに汗がうなじを流れ、イライラさせた。

「東京よりはましだけどね」

「東京におつとめですか、どうりで言葉がきれいですね」

恵一はすこしかちんときた。

「高知のことば、もっとおぼえといたらとおもっているんですけどね」

「そうですか、わたしも東京ですけど、そんなには思いませんけど」

「そうです。こっちへくるたんびに、なんか仲間はずれだなって思っているんですから」

「うげるこちゃあない、くそいちがいにおもうからあかん」

めいばあさんは、こともなげにつぶやくと、

「自分がいたいなら、なんとおもわれようとも来てちゃんとしてればよかよ」

法事に戻ってきたことをほめているらしい。

「はあ」

「わたしのまわりと逆ね。訛りがぬけないっていってるコっておおいんだから」

「いや、べつに困っているわけじゃないから」

恵一は、気をとりなおして、

「テーブルはこれでいい、取り皿とかならべるかい」

祖母は、いそいそと

「はい、まっててよ」

皿のはいったかごをもってきた。

 

*****

 

理恵は気分がわるかった。バスで寝付けずに寝不足なうえに、恵一に夏の高知市街をつれまわされ、またこうして冷房のきいた車に乗ったからだ。冷房病にでもかかったのだろううか。理恵はしきりにうでをさすっていた。運転にかまけて優紀は理恵寒がるのに気付くことなく、南国バイパスをHONDAのCityで室戸方面へ飛ばしていた。見知らぬ子供を家にいれるのはイヤだったし、しばらく家にこもっていたので、ドライブしたくなっていたのだ。どこへいこうか…優紀にとってみれば理恵は通りすがりな子供であまりかかわりたくなかった。手っ取り早くつまり、子供だましが欲しいと思った。 しかし、優紀にはどう考えても理恵が喜ぶ姿が想像できなかった。とりあえず相手は子供なので、やなせたかしアンパンマン美術館をめざしてドライブすることにした。高知市街を抜け、仁淀川を渡ったところで、理恵がトイレに行きたいと騒ぎだした。それならと、優紀が向かったのはロードサイドのショッピングセンター”サニーアクシス南国店”だ。何度かいったことがあり、それなりに使えるトイレがあることを知っていたからだ。

サニーアクシスにつくと、理恵はとりあえずトイレにかけこむ。洗面台でピルケースの薬をあおる。気分がすぐ良くなるわけではないが、とりあえず安堵といったところか。気分がわるいことより問題なのは、くすりの効き目がきれてしまったことだ。気分がわるいのはあくまでも副作用でしかない。くすりのおかげで、このさわがしい時期の日本でなんとかままごとがやっていけている。実際、勘がするどくなる効用があることで、恵一しだいの行き当たりばったりのこの旅はいまのところうまくいっているようだ。理恵は、誰かに薬を飲むのを見られてもかまわないと思うのだが、旅にでるときにした先生との約束は破りたくないとも思っていた。

「あと6時間かあ」

ためいきに似たつぶやきは、

「突っ走るだけ突っ走るよ、先生」

励ましにかわった。

 

*****

 

トイレから出てきた理恵は、トイレのそばでまっていた優紀に、

「まってなくても、ちゃんともどれるからいいのに」

と言い放った。生意気な理恵の態度をとがめるでもなく優紀は

「そう、ちょっと服を見るから、そこいらで遊んでてね」

と理恵に500円玉を渡すと婦人服売り場へ行ってしまった。

さて、高知には皿鉢(さわち)なる料理がある。皿鉢料理は一皿一万円ほどの冠婚葬祭用料理である。盛られる料理には大きく鮨盛りと刺身盛りに分かれ、刺身盛りは一万四千円ぐらいする。だいたい3ー4人分が一皿に盛られている。もちろん、自前で料理する家もあろうが、たいがいは出前してもらうものになっている。高知には仕出し料理屋が東京都区部の出前ピザ屋並にある。値段にみあうとはいまいち思えないが、結構おもしろい。一ついっておくと、東京とかで郷土料理として出るものとは違うものであるからよろしく。理由はいろいろあろうが、見栄を張ろうとせずに、「お客」によろこばれそうな料理をあつめたところに、見栄より食欲に忠実な南国ならではの気質がみえる。

 

なにか思い立った理恵は、ゲームコーナーを横切りショッピングセンターを抜け出した。車が途切れるのを待って、反対側へ渡る。そして、南国バイパス室戸方向の車道で親指を立てた。

 

理恵が見たデジャブは仕出し屋の軽ワゴンが止まるところであり、かつ、いますぐ乗れば大日寺に行ける、ということを感じたからである。

 

確信のなせる業か、理恵は難なく既視感のある軽ワゴンを止めることに成功した。

大日寺まで乗せてって」

ぶっきらぼうに告げたお願いはなぜか通じ、

「ああ、乗っときな」

左前のドアがあけられ助手席に迎えられる。車には40代位のいかにも料理人といった感じのおやじと配達を待つ皿鉢がのっていた。

「さわんなよ」

理恵は

「はい」

とだけ答えた。助手席から手をのばしても、シートベルトでつかえて、大皿には手はとどきそうにはなかったが。理恵は眼をつぶった。