”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第2回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第2回】

Day1【中編】

 

「今日あったメールの誤送信てさ、なにげに放置したよね。で、同じ日に危ないメールの始末してたわけでしょ、なんかねえ陰謀のふいんきなわけ」

 

「ふんいき」

 

来来がつっこむのも意に介さず続ける。

 

「後の祭りかなとも思うけど、まとめてみたわ」

 

解解が取り出したA4の紙を見ると上部にには「今日のバグレポート」とあり、件名は、

「メールの誤配信について」となっていて、何やら手書きで書き込まれている。来来の目を引いたのは、

システム部長イコールで曜さんという書き込みだった。

 

「どうやったらこんなとんでもがでるんだ?ちゃんと会ってるぞ、部長にも、曜さんにも。おかしいことなんてなかった」

 

興奮で声が大きくなった来来をまあまあと手で制止すると、解解は毛先の気にしてか指で髪をしごきながら続ける。

 

「そうなんだよねえ、確かに。でも、名刺交換してないよね」

 

ああ、けどと来来は反論を試みる。

 

「あまり、おおっぴらに仲良くするわけにもいかないだろう、仕事の内容がアレだったし」

 

解解はにやりとすると

 

「そのあたり、ちゃんと覚えてるってことよね。じゃあ、消したメールは?」

 

来来は少しだがはっきりと固まった。解解はそれを好意的に解した。

 

「気になってたんじゃない、やっぱり」

 

というと、ちょっと待ってと言ってバタバタと台所へ飛んでいった。ココアを作りに行ったらしかった。ココアのお供の菓子がオレオなのはキャラかぶりだろとぼやく来来を制して解解が今日の総括を再開する。

 

「さあ、ネタはあがってるんだ、さっさと出しな、持ってんだろう、消したメールのコピー」

 

後出しになるが、来来には悪趣味なところが有る。解解が捨てた手紙を拾って貼り合わせてスクラップしていたことがあった。また解解のPCを貸したら、インターネットエクスプローラのキャッシュを覗き見ていたこともあった。確証はなかったが、強気に出なければ出てくるものも、出てこなくなる。そんな判断が解解にはあった。

 

「え、無いってそんなもの」

 

「そうかしら」

 

ぼける来来の背後に回り込むと、解解は肩を揉み始める。悪意あふれるマッサージに痛い、痛いと来来は言って、ふりほどこうとするがそうはいかじと肩に食らいつく。

 

「し・ぶ・と・い」

 

というと、ふりほどこうとする来来の右腕をつかむと後ろ手にひねりあげると

 

「だ す の、早く」

 

うつ伏せに押さえ込む。

 

「あるんでしょ、ほら」

 

無茶な責めにびっくりした様子の来来は、うめくばかりで答えようとしない。押し問答がしばらく続いた。

解解が意地の張り合いは時間の無駄と思い直して元の位置に戻ると、来来が

 

「ちっ、出そうと思ったらこうか」

 

と負け惜しみを言い出してまたしばらくもみ合い、話が前にすすすみだしたのは、ココアが猫でも飲めるくらいにさめた後だった。ひとしきりメールデータをいじり回してから、解解はメールのバックアップの大きさを「最初の謎だ」と言った。すべての矛盾はこの事実に集約されるのだと言い切って見せると、ちょっと休憩と言ってテーブルに突っ伏してしまった。来来は思った。明日は休みにしよう。きっと徹夜するからね倫ちゃんは。

 

テーブルのカップと皿を流しのシンクに追いやると、来来は解解の書いたA4ルーズリーフを手に取った。解解はまだ眠っている。やはり、部長=曜さんと書いてある。来来からすればおまえははだまされたと言われたわけでおもしろくない。とはいえ、来来にも思い当たる節があった。部長とは名刺交換どころか来来に対して名乗っていない。とはいえその対面はそれほど不自然だったわけでもなかった。

 

昼過ぎに来来がシステム部長室を訪ねたとき、部長とおぼしき男がPCに向かっていた。来来が雑然と書類が積まれた部屋に入りがたくて、入り口に立っていると、デスクから立ち上がって、部屋の入り口に立っていた来来の前に立って、

 

「俺には手に負えないよ。メンテナンスよろしく」

 

と言って出て行き、来来と入れ違いになったきり部長とはそれっきりになった。でも、メールでもらっていたパスワードは使えたし、作業を始めてから誰も来なかったので、人払いもしてあったに違いないと思ったが、そうではなかったのか。来来としても、終わってみて振り返るとそこのところはあやふやに感じている。

 

当初名前も出ていなかった曜さんが、報酬の受け渡しに来たのは変だが、不倫関係と言う前提に立つなら共犯だろうから筋は通る。そう思っていたこと自体が変な気もしてきた。退屈してしようがなくなってきて、流しの洗い物を来来が済ませたが、まだまだ解解はまだ起きそうになかった。

 

来来は部屋を出ていたらしい。解解が気づくと部屋の呼び鈴が連打されていて、この鳴らし方は来来だと気づいた。ドアを開けてみると、来来はジーンズにボタンダウンシャツ姿になっている。自宅で一風呂浴びて戻ってきたのだ。ちなみに解解の部屋はオートロックになっている。差し入れと称して牛乳とドリップフィルター付きコーヒーとストロベリーヨーグルトを買ってきていた。完全に来来の趣味である。とはいえ両方ちゃんと二人分ある。ヨーグルトは冷蔵庫に入れることなく

 

「はい、鎮静剤とスプーン」

 

と解解に渡す。そのほかは冷蔵庫へ入れると、

 

「続きを行こうか」

 

と言ってテーブルに座るとヨーグルトをつつき始めた。身勝手だと思いつつも気を取り直して、もちろんいまさらだけどと前置きすると解解は

 

「確認したいの、報酬受け取り時のこと」

 

「メールのとおりさ、曜さんが来てメールが入ったフラッシュメモリーと引き替えに報酬を受け取っただけ。とくになにも」

 

「それじゃわかんないから聞いてるんだけど」

 

しばし頭をかきむしる解解。

 

「質問を変える。ちょっとわかりにくかったね。うん。部長がこなかったことについて何か言っていたか教えて」

 

来来は黙り込んでしまう。

「何もいわれなかった」が、「なにも聞いていない、問いただしていない」ことを問いただされることを恐れたからだ。

 

しばし沈黙。

 

根負けしたのは解解の方だった。

 

「何も聞かなかったのね。じゃ次ねちょい待ち」

 

だいたいはわかっていたようだ。メモの何かを探すと、指さしていった。

 

「破綻メールのおかしいところって何かわかる」

 

来来は何もと言って首を振ると、そのまま立ち上がり、ヨーグルトのパックを捨てに台所へ行ってしまった。来来が戻るのを待たずに解解が、台所の来来に説明をはじめる。来来がテーブルに戻らないのに解解が半ばヤケをおこしつつである。

 

「まず、稼働確認メールってないでしょ。正常に動いていることをメールされてもたいがい邪魔だし。

担当者にする事ないんだもの。だいたい、指示無しで動かさないでしょう、破綻処理なんだから」

 

投げやりに叫ぶ解解にそーだねーといいかげんな相づちが返ってくる。構わず解解は続ける。

 

「つぎに、システム管理部の対応が良すぎること。とりあえず的な連絡にしても原因究明まで1時間はちょっと出来過ぎ、出来レースって感じがするわ」

 

「原因は不明のままだよ」

 

来来が、空になったヨーグルトと引き替えでコーヒーを解解に渡す。ありがとと返して解解は話を続ける。

 

「なにより、誰も起きたことの重大さを理解していないこと。裏で金が動いている ”事件“の可能性があるってこと。破綻処理の本質は’名寄せ’なことくらい知ってるでしょう、破綻処理は自動で起動されることはあり得ないし、破綻処理で信用が揺らぐ危険性でもっと騒いでいいのに、おかしいのよ」

 

来来が割ってはいる。

 

「なんか、歯切れ悪いね、もしかして、“かも“程度のことを騒ぎ立てようとしているのかなあ」

 

コーヒーをすすりながら上目遣いに解解を見つめる来来。前のめりの姿勢をただすと解解は来来をにらみ返す。

 

「まじめな話よ」

 

解解は来来が姿勢をただすのを待った。静かに、辛抱強く。しばらくして、来来は姿勢をただしたが、あくまでも「解解が怖い顔をしていた」からであり、まだ何も理解できないでいた。解解としては一晩中核心について語りたくて仕方なかったのだが、来来がついてこないので、あえて我慢し、明日にとっておくことにした。

 

「気が変わった。話は明日にするわ。わかっていない来来くんに一つ宿題を出します。

どうして、曜さんはわざわざ来来くんと会ったのか

これもわからないようじゃ全く意味無しだからね、明日の話は。」

 

そういうと解解は立ち上がり、

 

「今から風呂にするから。出てくるまでには帰ってね」

 

と言って風呂に入ってしまった。

 

かっぽーん、ざぶーん

 

解解(げげ)が浴室に消えて、お湯をかぶる音が聞こえてくる。

ふと、来来(くるき)は解解の言葉を理解した。

何かがはじけたのか、それは本人さえわからないのだが。

話をあしたまで先延ばしされたのは俺のふがいなさへの挑戦だと、

やっと言葉通りに理解した。そして気づいて言った。

 

「まずい、また引きこもりがこじれる」

 

解解は、世間がふがいないと感じるとひきこもりがこじれる。

そもそも職場の年下の上司をやりこめてから、

引きこもりが始まっているのだ。

今回はどうも俺が試されているらしい。

一方で世間から置き去り感を感じると、

ひきこもりが沈静化するところもあり、

来来は解解に本質的には絶望を感じてはいない。

うまくやり返せれば、世間への興味が強くなって、

仕事をもっと入れられるようになるかもしれない。

これは来来の希望というよりか妄想である。

ともあれ、このまま応えられずいると解解の引きこもりが悪化しかねない。

それはまずい。来来は朝夕通うのは勘弁ですよとため息をつくと、

まじめに宿題に取り組み始めた。

 

「まずい、また引きこもりがこじれる」

 

叫びに近い独り言。そのとき解解は洗髪前で

髪を梳いていて浴室は静かだった。

 

追いつめちゃったみたいね。

 

浴室にいるせいで、来来の声ははっきりとは聞こえていない。

がである。独り言ではあり得ない声の大きさが、

彼のテンパり具合を示している。

来来とのつきあいの長い解解にしてみれば

つまらない謎解きである。

 

つきあってるわけじゃないって。

 

内心誰かにいいわけする解解。

一人風呂は妄想の格好の舞台と

アルキメデスのころから決まっている。

何かがかけていて、発酵が進まないリンゴジュースのように、

不自然さを抱えながらも二人の関係は安定していた。

髪を洗いながら、にたにたして自嘲する。

 

慣れてしまえば何でもいいんじゃない、わたしも

 

以前解解は、来来に告白されたことがある。

中学三年卒業の日、遠い昔だよねと解解は思っている。

手紙を渡すと逃げてしまうといった貧弱なものではあったが、

確かにそれは告白だった。

解解は「ごめんなさい」を手紙で送ったが、

来来は未だに何もいわない。

 

湯船で指をくんで肩を引っ張るように伸びをする。

やっぱり、さわられたなく無いのだろうと解解は理解する。

理解していた。

 

来来(くるき)は考えを整理するために

チラシの裏に丸と四角を書いては中に文字を書き殴っていた。

解解(げげ)は来来のためにと、

わざわざ絵にまとめたつもりだったが、

来来にはやっぱりというかさっぱりわからなかったので、

キーワードを抜き出して書き直して理解しようと格闘している。

解解が好むアウトラインエディタを使った思考法は

来来は好きにはなれず、

考えをまとめるときはチラシの裏に書き殴るのが好みだ。

来来の仕事のやり方が社会人としてそれなりに経っても

あまり洗練されないのはそんなところに

原因があるのかもしれないが、

少なくとも来来は気にしていない。

 

来来の宿題は解解の示したキーワードを3つのグループに

グループ分けを終えるところまで進んでいた。

けど、本題である「破綻メールのおかしいところ」は

来来にはさっぱりわからないでいる。

 

グループ1 送信された破綻メール                カンケイ

グループ2 消した不倫メール                  カンケイ

グループ3 消えたシステム部長と曜さん     カンケイ

混ぜ返して結局残ったのは謎である。

 

どうでもいいんじゃない。そんな感想しか浮かばない。

解解は頭を抱えた。

 

やる気なさ過ぎなおれ。

唯一わかっているのが、問題が見えないから、

解き方もわからず、やる気もでないということ。

視点がシャープでない。見えていても見つけられない、

つまり目がトロいのだ。

 

 

つづく