”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

2017-06-24 既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【第5回】(終)

「最後の観客(Last Audience)」【5回目】(終)

 

フィアが何か二の句を告げようとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。

 

「晩飯、用意したぞ一緒にどうだ、みんな待ってるぞ」

会長が来た。

「はい、行きます。でも、いいのですか行って」

「なんでだ、つまらんこと言うなあ」

「いえ、なんとなく避けられているのは分かっていますから」

 

と答えると会長は笑った。おれが、何がおかしいのですかと怒鳴ると、

「相変わらずバカ正直だなあ」

また笑った。ドングリをポケットに戻して、ドアを開けると向かいの壁に両手をつけて笑っていた会長が、俺に向き直った。正装している。

「なれなれしかったか。いや俺も馬鹿だよ、他人行儀に扱うと決めたのにな」

少し目元が潤んでいる気がした。改まってたたずまいを直すと、会長は包みを差し出し、

「という事で正装してくれ。正式な晩餐会だぞ。人を待たせているからなぱっぱと着替えてこい」

俺はそそくさと正装に着替え、会長とともに宴席へ向かった。会場で席に着くと、俺を見ようという事だろう、数人ごとに近寄ってきては、俺の姿を認めると元の騒ぎに戻っていった。話しかけてくるやつはいなかった。見知った顔は、特には思い当たらない。街を離れた十年前ごろの記憶は母の事件以降はしばらく曖昧なままになっている。仕方ないかな。

正式な晩餐会だけあって、出された料理はさすがに豪華だ。鳥に魚に見た事の無い獣の肉。果実にお菓子に甘いお茶。どうやったら出来るのか思いもつかない細工料理。見てくれが悪くてやせ細った庭先菜園の野菜やしかけで取った鳥とは違って柔らかい。酒は出たが、飲んで気分が悪くなった事があるので、こっそりと捨てた。特に面白いことは起きなかった。一緒のテーブルで同じものが食べられたのだから会長を信じてきてよかったと思えた。

晩餐会はまだまだ続きそうだったが、料理が終わった頃を見計らって気分が悪くなったと言って部屋に引き上げて、さっさと服を脱いで、持ってきてもらったお湯とタオルで汗を拭った。用意された寝間着を着てベッドに横になった。なんか忘れている気がしたが、思い出せないものは仕方ないと思い、明かりを消す。そういえば、悪ガキ三人はどうしているだろうかとは思ったが、特に不安は感じなかった。程なくして眠りについた。ドングリからフィアの声について思い出したのは、朝、洗濯された服を渡されたときだった。


*****

 

朝、洗濯された服を渡された服にはドングリは無かった。おおかたゴミとして捨てられたのだろう。フィアの言いたかった事より、もうあの声が聞けない事が少し残念だった。朝飯は部屋に届けられたパンとスープとベーコンエッグをさっさと腹におさめる。

朝飯を持ってきた人に魔法機械との対決は、何時からかと聞いたら、時間が来たら呼びにくるとだけ言ってさっさと行ってしまった。薄情な事だ。と思ったら、ドアがノックされた。ドアを開けてみるが廊下には誰もいない。部屋に戻ってみると手紙が落ちている。開けてみると、フィアからの手紙だった。早速、読んでみた。

これから書く事をすぐ信じてもらうのは無理かもしれませんが、ちゃんと読んでください。あなたの母上が死んだのはヨガリ会長が魔法機械に組み込んだ同族殺しの毒のせいです。あなたが魔法機械に触ったことで発生した同族殺しの毒を吹き飛ばすためにあなたの母上は無理に術を放ち、命を落としたのです。そして、ヨガリはあなたを利用しようとしています。魔法使いと魔法機械全てをこの世から消し去るための道具として。

なぜそんな事をヨガリが考えたかは知りませんが、あなたは街に入れないのに子ども三人は街に招き入れたこと、事態は既に手遅れになりかかっています。街は長年の魔法実験の影響で、制御されていない魔法力を受けては突発的爆発、区画の消滅を繰り返し、十年前からは大人は魔法を捨て、子どもを街から追放したのは知っての通りです。

その一方で魔法機械は作られる。明らかに矛盾しています。今なら大丈夫というのは確実に会長の嘘です。母が言う事です、信じてください。今すぐ、三つの封筒を開いてください。そして実行してください。誰かが来る前に。

キノコ姫より。

 

しばらく呆然としていたらしい。激しくドアがノックされている事に気づいた。

「食器、いいですか」

食器を下げられると廊下が騒がしくなってきた。一人なのもそう長くないらしい。俺は机に向かった。封筒の中身を暗記するためだ。封筒から出てきたのは三つの警句だった。意味は分かったような分からないような感じではあったが、ひたすら唱えた

「毒の皿、知らぬは仏のみならず」
「芽を摘む事なかれ、されど芽を摘む手に罪はなき」
「緑の大地に人はあり、人無き地それは荒れ地なり」

それは、使いの男達に肩をつかまれて部屋に別れを告げるまで続いた。

事前の説明では、優劣は判定するのでとどめは必要ないとは言われたが、観客はそうは思ってないらしかった。急作りのひな壇に座った見物客の半分は覆面か、顔を隠す仮装をしている。声は明るいが表情には陰が見て取れた。残酷を予期して身がこわばり血が沸くのだろう。これまでの理想に殉じようとした俺の美学が非常にむなしくなった。あくまでも魔法機械の実力を証明するための模擬戦のはずが、俺を生け贄に自分たちは自由になるための祭典かなんかと思っているらしい。街に戻るまで俺もそう思っていたさ、ああ、くやしい。

模擬戦は時間制限なし、場外無しの一本勝負。用意の旗が掲げられた。入れ墨に手を当て、手を地に当てる。俺の読みが当たれば、この勝負は残酷なまでにすぐ終わる。先生、ごめんなさい、そして、ありがとう。


*****

 

魔法機械はいわば魔法のかかった鎧だ。直接の攻撃を恐れる術者心理を知るラオなら突っ込んでくる。かつ、先生のヒントがさす事実が思った通りの事であれば、とにかく一心に殴り掛かってくるに違いない。なら、こちらは受けて立つだけでいい。ラオが動く前に術を発動させる。

「我、岩壁」

これでしばらくはいくらぶつかってこられても、問題ない。旗が振り降ろされる。ラオはふわりと浮かぶと音も無く突っ込んできた。身構えたが、横をすり抜け、後ろへ飛び去る。後ろに向き直って身構えたが、また横をすり抜け、後ろへ飛び去る。ぱさっと何かが落ちたと思ったら腰の帯が切られて落ちていた。

「参ったなあ、おまえの裸踊りなんか見たくないぞ」

どよめくひな壇。俺は切れた腰帯を結んで腰に巻き直す。

「待ちやがれ」

そっちが来ないならこっちから捕まえるまでだ。

「風、衣」

以前使った移動のための術ではない。これは体術との合せ技で空中舞踊のための術。移動には向かない術だが、ラオを捕まえるにはこれで十分だ。地面を蹴って飛び上がる俺。

ラオにつかみかかるが、及ばず、返り討ちにとばかりに火炎を浴びせかけてきた。

風をまとった俺に火を浴びせる、全く正解だ。揺るぎない判断力の上になんでもありの鎧。ちょっと甘く考えていたようだ。

返す足で逃げる俺。ラオが上から火炎を投げつけてくるが、こちらの体一つの身軽さが勝り当てる事が出来ない。

とはいえ上に行けないのでは、動けなくなるのも時間の問題だ。俺は風の衣を解くと、

上空に手をかざし詠唱した

「龍、逆鱗」

俺はついていたらしい、すぐさま雨が降ってきた。続けざまに詠唱する。

「泥蛙、舌鞭(ドロガエル、ゼツタイ)」

泥で出来た無数の鞭がラオに迫る。

思いがけなかったのだろう、ラオは姿勢を崩し、崩しつつも、俺の術が及んでいないひな壇の前に降り立った。

これで振り出しかなと思ったその矢先、街の塔の窓が光った気がした。よく見てみると、ヨガリ会長がナイフを高く振りかざしてこちらを見ている。

めちゃくちゃ笑っている。会長がおかしいとさらに見ると、会長の足下にはレンが、へたり込んでいるのが見えた。

ヨガリ会長が俺を脅している、街をまた壊すぞと。

俺が真面目に戦っているからか?俺を捨てた街だからといって俺は街を見捨てる気はない。

それに、ヨガリ会長の道具にするために連れていんじゃ無いぞ、レン、ケン、ラルーは。追い出されてもこの街を嫌いになってほしくないと思ったのは間違いだったのか、いや、ヨガリがおかしいのだ。絶対。

俺は再び風をまとい、街へ飛んだ。塔に近づくと、レンだけでなく、ケン、ラルーも、街にある3つの塔にとらわれていた。

それぞれ会長と会長の手下がいる。俺は会長とレンがいる手前の塔に降り立った。

「ヨガリ会長、子どもを怖がらせて何なのですか」

俺は怒鳴った、ヨガリは耳を塞ぐ仕草をして、仕草で抗議しながら、

「おまえが役割をこなさいないから、この子達に代わりをお願いしようと思ってね」
「真面目に殺し合っているのが不満なのですか、決着はまだじゃないですか」

ヨガリは首を振った。

「いや、圧倒的に強くなくてはいけないのにラオ君は君に手こずってるし、何よりお前は楽しそうだ、それじゃ駄目なんだ」

俺は耳を疑った、はあ、あの状況が?

「何が駄目なのですか」
「かわいそうな魔術師を救う魔法機械でなくちゃいけないのだよ」

そう会長は言い捨てると、ははと笑った。

「それに、仕込んだ毒の事がばれている以上、ラオは勝てない」

力なく言うと息を吸い込み直しナイフを振り上げる。俺が会長とレンとの間に割って入る。

「俺たちに隠し事ばかりして、もっと俺たちを信じてくれていいじゃないですか、俺も、ラオも歯を食いしばって待っていたのですよ、会長の理想に死ねるならそれでいいって。いまさら、俺たちを見守ってられないって、全てをブチ壊そうとするんですか」

きょとんとする会長、

「何言っているのだ、馬鹿者。魔術者が自由になる代わりに、誰もが魔術師並みに力を得たらどうなる。それこそ世界のおわりだよ。軍に組み込まれて殺すしか能のない魔術師は世界から消えるべきなのだよ」
「じゃあなんで魔法機械なんか」
「自殺の道具さ。ためらって生き残リが出ないように容赦なく死ぬために」

そういうと俺を突き飛ばし、レンにナイフを突き刺したように見えた。見えたが、会長は吹き飛ばされて、下に落ちていった。何も感じなかった。心の火が消えたかのように何も感じなかった。俺はレンに駆け寄った。レンは無傷だった。

「こわかったよ」それだけいうとレンは俺に抱きつく。こんなに強い子だったけ?

続けてケンに襲いかかる男を吹き飛ばし、ラルーの首に手をかけた女の後頭部を殴りつけて、取り返して一息ついたそのとき、いきなり街が火の海になった。上を見上げるとラオがいた。

「ヤン、なんてことをしたのだ、危うく死にそうだったのだぞ、会長は」

 

背中にヨガリ会長を背負っている。こちらをにらみながら、手からは炎を放ち街中にばらまいている。

「どうしたのだ、ラオ」
「あーあ助けてもらったけど毒にやられちゃったなあ、俺もラオのやつも」
背中の会長も変だった。さっきまでの激しさが無くなり、ぼやくばかりでこちらを見ようとはしない。

「こわいよ、ファン」

子ども達がおびえている。さっきよりもおびえている。毒というのは心を壊す毒だったのだと合点した。俺はラオ達に背を向け、子ども達の前にしゃがみ、笑ってみせた。

「どんぐり、持っているよな」

ドングリを出させると、ドングリを握り込んだ状態で手をつないでから、俺は詠唱を始めた。

「神農、芽生え(めばえ)よ」

街がまき散らされる炎に満たされていく様に子ども達はおびえて騒いだが、お前らも唱えるのだ、と俺はガキ達を怒鳴りつけておとなしくさせると、再び唱え、子どもがそれに続けた。

「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「もう一度」
「はい」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「もう一度」
「はい」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「今だ、投げろ」

腕がちぎれんばかりに腕を振りほどきドングリを投げた。腕をほどくとすぐさま俺は空に手をかざし詠唱した

「龍、逆鱗」

この街がおかしくなったのは、魔力が吸い取られるという理由で緑が無くなったから。先生の警句は山での経験に裏打ちされる事で俺の実感になった。ドングリを持たせた園長先生も同じ事を考えていたに違いない。炎を放ち続けたラオが力つきて落ちる時には既に、雨と四人でかけた術の力でドングリは大樹となっており、ラオとヨガリ会長を優しく受け止めた。狂気を受け流すように世界は会長に優しかったが、俺には会長の元に駆け寄る事は出来なかった。

結局ヨガリ会長は助からなかった。ラオの上にいて毒を浴び続けたためという話だった。俺は会長を見殺しにした責任を取り魔術協会から追放されるまま街を出た。ほどなくして魔法協会は会長の一件で反乱組織として、解体された。会長が消し去ったはずの魔法機械は、発動機として生き残った。車に積んであった魔法機械を潰す算段を会長はうっかり忘れていたようだ。

そのおかげで車が一気に普及し、俺は街の名が通じない港町ですぐに乗り合い車の運転手になる事が出来た。みんなで職無しになる前に”失業した”おかげで、と思えば会長には最後まで世話になってしまったと苦笑いするしかない。

さあ、言い訳はこれくらいにして運転に集中しよう。道ばたに手を挙げている人が見えたので、車を路肩に寄せて停めた。

あれ、見たような赤ずきんだけど、まさかな…