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”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

既刊再掲「すこし FUSHIGI」【1回目】

すこし FUSHIGI 既刊再掲

「すこし FUSHIGI」【1回目】

 

  夜行の高速バス、東京八重洲発ー高知駅行き、消灯間際の車内で、男は眠っていた。その前どなりの席には、今し方初めて会ったばかりの少女も、眠っていた。

  少女のバス代を青年が出したのは、本意ではなかった。が、夜行バスの時間が迫るなかで、交番で足止めを食らうのはイヤだったので渋々と出したのだった。

「少女は、どうしておれなんだろう」

青年はつぶやいた。寝言なのだろうか、それはわからない。

「パパ、パパ」

と呼ぶ小学生を無視する男、それが東京駅での中井恵一(なかい けいいち)の姿だった。警官に見咎められたのが運のつきだった。少女の意図は恵一にはまるで見えなかった。ともあれ、少女は高知に行くことになった。何もいわないが顔には安堵とともとれる笑みが浮かんでいた。

  消灯してやっと落ち着いた車内で恵一はおきあがり、トイレに立った。なんとも間がわるいが、いつものことである。賃貸マンションの四階に住んでいるのに朝決まりごとのように一階に着いてから忘れ物に気付くのはいつものことだった。終業間際に仕事を頼まれ、帰りそびれ内心じたんだをふんでいたり、とにかく要領が悪い。名前が恵一なのに何に恵まれているのかと冷やかされることもある。もし、取り柄というべきものがあるとすれば、状況に対する鈍感というか、図太いというか、根気強いというべきところがある。だから、希望の職種でないにも関わらず、不平ひとついわずに経理業務をこなし、周囲がもらす会社の経営危機のうわさにも、平然としていられるのだろう。実際、恵一の口癖は

「場が読めないもんで」

で、会社でうまくやれているか評判を気にしながらも一方でどんな評価も言われなければ、気にすることはないと念じているようである。

 

*****

 

  用をたして、席にもどった恵一は、本腰をいれて寝ようと席のリクライニングを倒そうとした。しかし、後ろの女性の席ごしにけりをくらってしまう。暗い車内でのこと、どうにもしようがないと恵一は席をたおすことをあきらめ、そのままの状態で寝ることにする。

  消灯前に流れていた映画を見ているそのままのリクライニング状態といっても頭ひとつぶんぐらいはたおれているので、寝られなくもないといったところが救いだった。

  この夜行バスは、よくある両サイド二列づつの観光バスと異なり、三列シートになっており、座席の前後間隔にも余裕がある。いわゆるハイデッカータイプのバスである。長距離移動向けのバスなのだが、車中泊をするには所詮はバスなので快適というにも限度があるし、なまじ快適なのでかえって細かいことでもめやすい気がする。車内は寝静まったようだが、恵一にとっての夜10時は、気ままにパソコンにむかう時間であり、下手をすると、仕事中よりもさえているかも知れない。そもそもの原因は大学生時代ずっと、テレホーダイを利用してインターネットをしていたのが原因で夜型生活になっている。しかも最近では会社でうけるストレスからか真面目に不眠気味になっている。寝付きがわるいのだ。しかも、暗所恐怖症なので、照明をなかなかけせずないのもあるようだ。しきりにシートの上をうごめいていたが、結局、デイバックからMDを取り出した。山崎まさよしを聞きながら、このバスにのるまでのことを整理しないと、と、想いをめぐらせはじめた。

  警官に、急に肩をつかまれて、ヘッドホンをしていたこともあって、ほんと飛び上がったかと思ったな。彼は思い出し笑いをそっとした。今考えると口からでまかせだっただろうけど、

「お父さん、逃げないで」

は何かどきっとさせられて、逃げ切れなくなって連れてきてしまった。慣れないことをしたばちでもあたったのだろうか。いや、たまたまあの子の感覚と合ってしまったのだろうなと、考えることをきりあげ、カーテンと窓のあいだに頭をいれた。恵一には高速道路のナトリウムランプが暗闇を満たすやすらぎそのもののように思えて好きだった。まどろみながらなおも恵一は考えていた、女の子にふりまわされるなんて、ほんと、久しぶりだなとまた少し笑った。なんとか眠れそうになってきたので、恵一はカーテンをもとに戻し、ふたたびもぞもぞし始めた。向こうについたら着いたらどうするかなと何となくおもいながら、寝息をたてはじめた。

 

*****

 

バスがとまる。といっても運転手の交代のためだけの停車だ。お客にとっては、ひととき、エンジン音やロードノイズから解放されるほんの一瞬にすぎない。お客にとってこの静けさはテレビを観ながら寝てしまい、放送が終わって静かになるとかえって目がさえる様な効果もある。少女はそっと目をさますと、手持ちの錠剤を飲みかけの緑茶で流し込んだ。トイレに行こうとと半身をおこしかけたが、順番待ちの人がいるのがみえたので、とりあえずあきらめたようだ。トイレを待つ状況に彼女は、

「あたまわるくなりそう」

というのが感想で、できることならば、

「からだにわるいことしたくない」

という信念をもっているようです。ぶつぶついっています。

  ああ、自分のためだとしても、ここにきたことはマイナスだわ。きっと人って些細なことからへたれていくんだわ。それにしても、素朴というか、こんなに感情むきだしで、よく平気でいられるわね。

 

*****

 

さて、バスは、さしたる渋滞にぶつかることもなく、東名-名神-中国-瀬戸大橋を経由して四国にはいった。東京人には理解できないほど車のいない自動車専用道路をしばらく走り、高知県内にはいるとさらに車線がへる。政治力のなさは道路に現れるらしい。

「新潟はやはり(田中)角栄さまさまってかな」

目が覚めた恵一は以前スキーバスで通りかかった新潟の道が立派だったことを思った。19本もののトンネルがつづく山間部をぬけ、南国インターから一般道におりると、終点の高知駅まではのこり一時間弱となる。一般道に降りると、遮光カーテンが開けられるので、皆一斉に起きることになる。明るくなった社内で恵一は、少女の様子をうかがうと、席をたった。少女のほうは、おきているようだが、身動きひとつせず、前をみている。戻ってきた恵一は、紙おしぼりを差し出した。

「おはよう。疲れただろ?ついてきて後悔しているのかい?帰りもバスだけどだいじょうぶ?」

彼女はおしぼりをうけとるなりいいかえした。

「なれなれしいんじゃないそのいいかたって。名前おぼえていないようね。戸田理恵よ。ちゃんと名前で呼ばないと逃げる、じゃない、いつまでもつきまとうわよこれはゆずれないわ」

「理恵ちゃん、わかったよ」

「おしぼりありがとね」

恵一は、ありがとの声にどつかれたかのように上体をおこして、後ろの自席に逃げるようにもどっていった。

「いよいよ、高知だなあ。いよいよ、だなあ。」

とは言ってみたものの、さすがに成り行きでつれてきちゃったと実家につれていくわけにはいかないしと恵一は思った。

 

*****

 

恵一は理恵をどうするかを考えていた。実家にはつれていけないし、親戚にだまって預かってくれで済むわけがない。高知に残った友達なんてほとんどいないし。とするとそうだな。彼女にたのんでみよう。田中 優紀(たなか ゆき)。彼の手帳にのる数少ない女友達。結婚しているのに、まだ疎遠になっていないのは、彼女の夫がパソコンにうといおかげだ。大学時代に就職活動のために上京してきた彼女に東京をガイドして以降、いまでも東京&パソコン情報源のメル友になっている。恵一にとっても優紀は、高知に関する情報源でしかない。

「「いいひと」がめんどうごとをもちこんだら、きらわれるかなあ。」

自分を「いいひと」といいきる恵一の感覚はさておき、なんとも他人事のような感じだ。実際、かなりきびしい状況で、自分から関わりたくないし、考えたくないのだろう。とりあえず、電話した。メールと違って久しぶりにかける。恵一には当てにできるひとが他に思い当たらなかったし、だれかに話せば何か思い付くかもと考えたからだ。恵一の期待どおり、電話には彼女がでた。

 

*****

 

久しぶりに聞く中井のこえに、優紀は反射的になつかしいと感じた。メールでは少なからずやり取りはあったが、あくまでもパソコンのなかのはなしでしかなく、過去の思い出とは結びつかないべつの世界での話でしかなかった。声で、一気に思い出がふきだした。クラブ活動で一緒だったことをいまと比べると自由で、どこかふわふわした年頃のことを。ひとしきり昔を振り返るのが終わると、恵一は用件をきりだしてきた。その声には緊張のほかに、困惑が聞いてとれる。他人に弱気なのはあいからずのようだ。まずびっくりしたのは、恵一が高知に戻ってきていることだ。じいちゃん子だったのにじいさんの葬式に出なかった時は

「高知を捨てたのか」

誰となく言ってたっけ。法事に引っ張り出されたというのはありきたりだが、すこしは大人になったということかな?何かありそうね。ん?そのことじゃなくて子供を預かってほしいって?

「なに、子供って、いつのまに作ったん? 」

「いや、そういうのじゃない。よくわからないんだ。」

「わからんて、ゆうてもなあ、一緒にきたんでしょ」

ちょっと問い詰めてみたけど、ほんとになりゆきでこんな遠くまでついてきたということぐらいにしか恵一は考えていないようだった。

「そうねえ、とりあえず会ってあげるから。駅についたら連絡して。」

おっとここは慎重に。

「連絡はワン切りでいいから。じゃ、またね。」

 

*****

 

電話がきれたことを確認すると、恵一はほっとむねをなでおろした。とりあえずは脈ありといったところだろう。なんとかこの子をきょう一日だけは預けて、法事の場をしのがなくてはいけない。そうでなくても、なにかとうるさい母に会うのは気が重いのに。優紀にこの子の世話を頼んでしまうのは、単なる逃げなのかもと思ってはみるが、どうにもしようがない。放り出そうにも相手は正真正銘の少女だ。また交番でごねられたら、それこそアウトだ。自称“永遠の”少女なら、とりあえず逃げ出しても警官に呼び止められることはないだろうし、逆に泣きつくことも出来るかもしれないのに。煮詰まった気分をまぎわらそうと恵一は、ひどくゴーストのかかった車内テレビに視線をうつした。NHKの朝のニュースが、全国版から高知支局からのニュースに切り替わったところだった。

高知県内での終戦記念日にちなんだ行事」

物部川での水難事故の続報」

「知事が陳情のため東京へ出発」

どれも当たり障りのないいつもの高知だなと恵一でなくても思うほど話題になりそうもないことばかりだった。朝飯、どうしようかな。仁淀川をバスが渡る。いよいよ高知市街だ。もうすぐ終点高知駅に着く。恵一は毛布をたたんだ。