”A Normal Life , Just Like Walking”

小説書いて、メルマガ出して、文学フリマで売る。そんな同人作家皆原旬のブログ

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第2回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第2回】

Day1【中編】

 

「今日あったメールの誤送信てさ、なにげに放置したよね。で、同じ日に危ないメールの始末してたわけでしょ、なんかねえ陰謀のふいんきなわけ」

 

「ふんいき」

 

来来がつっこむのも意に介さず続ける。

 

「後の祭りかなとも思うけど、まとめてみたわ」

 

解解が取り出したA4の紙を見ると上部にには「今日のバグレポート」とあり、件名は、

「メールの誤配信について」となっていて、何やら手書きで書き込まれている。来来の目を引いたのは、

システム部長イコールで曜さんという書き込みだった。

 

「どうやったらこんなとんでもがでるんだ?ちゃんと会ってるぞ、部長にも、曜さんにも。おかしいことなんてなかった」

 

興奮で声が大きくなった来来をまあまあと手で制止すると、解解は毛先の気にしてか指で髪をしごきながら続ける。

 

「そうなんだよねえ、確かに。でも、名刺交換してないよね」

 

ああ、けどと来来は反論を試みる。

 

「あまり、おおっぴらに仲良くするわけにもいかないだろう、仕事の内容がアレだったし」

 

解解はにやりとすると

 

「そのあたり、ちゃんと覚えてるってことよね。じゃあ、消したメールは?」

 

来来は少しだがはっきりと固まった。解解はそれを好意的に解した。

 

「気になってたんじゃない、やっぱり」

 

というと、ちょっと待ってと言ってバタバタと台所へ飛んでいった。ココアを作りに行ったらしかった。ココアのお供の菓子がオレオなのはキャラかぶりだろとぼやく来来を制して解解が今日の総括を再開する。

 

「さあ、ネタはあがってるんだ、さっさと出しな、持ってんだろう、消したメールのコピー」

 

後出しになるが、来来には悪趣味なところが有る。解解が捨てた手紙を拾って貼り合わせてスクラップしていたことがあった。また解解のPCを貸したら、インターネットエクスプローラのキャッシュを覗き見ていたこともあった。確証はなかったが、強気に出なければ出てくるものも、出てこなくなる。そんな判断が解解にはあった。

 

「え、無いってそんなもの」

 

「そうかしら」

 

ぼける来来の背後に回り込むと、解解は肩を揉み始める。悪意あふれるマッサージに痛い、痛いと来来は言って、ふりほどこうとするがそうはいかじと肩に食らいつく。

 

「し・ぶ・と・い」

 

というと、ふりほどこうとする来来の右腕をつかむと後ろ手にひねりあげると

 

「だ す の、早く」

 

うつ伏せに押さえ込む。

 

「あるんでしょ、ほら」

 

無茶な責めにびっくりした様子の来来は、うめくばかりで答えようとしない。押し問答がしばらく続いた。

解解が意地の張り合いは時間の無駄と思い直して元の位置に戻ると、来来が

 

「ちっ、出そうと思ったらこうか」

 

と負け惜しみを言い出してまたしばらくもみ合い、話が前にすすすみだしたのは、ココアが猫でも飲めるくらいにさめた後だった。ひとしきりメールデータをいじり回してから、解解はメールのバックアップの大きさを「最初の謎だ」と言った。すべての矛盾はこの事実に集約されるのだと言い切って見せると、ちょっと休憩と言ってテーブルに突っ伏してしまった。来来は思った。明日は休みにしよう。きっと徹夜するからね倫ちゃんは。

 

テーブルのカップと皿を流しのシンクに追いやると、来来は解解の書いたA4ルーズリーフを手に取った。解解はまだ眠っている。やはり、部長=曜さんと書いてある。来来からすればおまえははだまされたと言われたわけでおもしろくない。とはいえ、来来にも思い当たる節があった。部長とは名刺交換どころか来来に対して名乗っていない。とはいえその対面はそれほど不自然だったわけでもなかった。

 

昼過ぎに来来がシステム部長室を訪ねたとき、部長とおぼしき男がPCに向かっていた。来来が雑然と書類が積まれた部屋に入りがたくて、入り口に立っていると、デスクから立ち上がって、部屋の入り口に立っていた来来の前に立って、

 

「俺には手に負えないよ。メンテナンスよろしく」

 

と言って出て行き、来来と入れ違いになったきり部長とはそれっきりになった。でも、メールでもらっていたパスワードは使えたし、作業を始めてから誰も来なかったので、人払いもしてあったに違いないと思ったが、そうではなかったのか。来来としても、終わってみて振り返るとそこのところはあやふやに感じている。

 

当初名前も出ていなかった曜さんが、報酬の受け渡しに来たのは変だが、不倫関係と言う前提に立つなら共犯だろうから筋は通る。そう思っていたこと自体が変な気もしてきた。退屈してしようがなくなってきて、流しの洗い物を来来が済ませたが、まだまだ解解はまだ起きそうになかった。

 

来来は部屋を出ていたらしい。解解が気づくと部屋の呼び鈴が連打されていて、この鳴らし方は来来だと気づいた。ドアを開けてみると、来来はジーンズにボタンダウンシャツ姿になっている。自宅で一風呂浴びて戻ってきたのだ。ちなみに解解の部屋はオートロックになっている。差し入れと称して牛乳とドリップフィルター付きコーヒーとストロベリーヨーグルトを買ってきていた。完全に来来の趣味である。とはいえ両方ちゃんと二人分ある。ヨーグルトは冷蔵庫に入れることなく

 

「はい、鎮静剤とスプーン」

 

と解解に渡す。そのほかは冷蔵庫へ入れると、

 

「続きを行こうか」

 

と言ってテーブルに座るとヨーグルトをつつき始めた。身勝手だと思いつつも気を取り直して、もちろんいまさらだけどと前置きすると解解は

 

「確認したいの、報酬受け取り時のこと」

 

「メールのとおりさ、曜さんが来てメールが入ったフラッシュメモリーと引き替えに報酬を受け取っただけ。とくになにも」

 

「それじゃわかんないから聞いてるんだけど」

 

しばし頭をかきむしる解解。

 

「質問を変える。ちょっとわかりにくかったね。うん。部長がこなかったことについて何か言っていたか教えて」

 

来来は黙り込んでしまう。

「何もいわれなかった」が、「なにも聞いていない、問いただしていない」ことを問いただされることを恐れたからだ。

 

しばし沈黙。

 

根負けしたのは解解の方だった。

 

「何も聞かなかったのね。じゃ次ねちょい待ち」

 

だいたいはわかっていたようだ。メモの何かを探すと、指さしていった。

 

「破綻メールのおかしいところって何かわかる」

 

来来は何もと言って首を振ると、そのまま立ち上がり、ヨーグルトのパックを捨てに台所へ行ってしまった。来来が戻るのを待たずに解解が、台所の来来に説明をはじめる。来来がテーブルに戻らないのに解解が半ばヤケをおこしつつである。

 

「まず、稼働確認メールってないでしょ。正常に動いていることをメールされてもたいがい邪魔だし。

担当者にする事ないんだもの。だいたい、指示無しで動かさないでしょう、破綻処理なんだから」

 

投げやりに叫ぶ解解にそーだねーといいかげんな相づちが返ってくる。構わず解解は続ける。

 

「つぎに、システム管理部の対応が良すぎること。とりあえず的な連絡にしても原因究明まで1時間はちょっと出来過ぎ、出来レースって感じがするわ」

 

「原因は不明のままだよ」

 

来来が、空になったヨーグルトと引き替えでコーヒーを解解に渡す。ありがとと返して解解は話を続ける。

 

「なにより、誰も起きたことの重大さを理解していないこと。裏で金が動いている ”事件“の可能性があるってこと。破綻処理の本質は’名寄せ’なことくらい知ってるでしょう、破綻処理は自動で起動されることはあり得ないし、破綻処理で信用が揺らぐ危険性でもっと騒いでいいのに、おかしいのよ」

 

来来が割ってはいる。

 

「なんか、歯切れ悪いね、もしかして、“かも“程度のことを騒ぎ立てようとしているのかなあ」

 

コーヒーをすすりながら上目遣いに解解を見つめる来来。前のめりの姿勢をただすと解解は来来をにらみ返す。

 

「まじめな話よ」

 

解解は来来が姿勢をただすのを待った。静かに、辛抱強く。しばらくして、来来は姿勢をただしたが、あくまでも「解解が怖い顔をしていた」からであり、まだ何も理解できないでいた。解解としては一晩中核心について語りたくて仕方なかったのだが、来来がついてこないので、あえて我慢し、明日にとっておくことにした。

 

「気が変わった。話は明日にするわ。わかっていない来来くんに一つ宿題を出します。

どうして、曜さんはわざわざ来来くんと会ったのか

これもわからないようじゃ全く意味無しだからね、明日の話は。」

 

そういうと解解は立ち上がり、

 

「今から風呂にするから。出てくるまでには帰ってね」

 

と言って風呂に入ってしまった。

 

かっぽーん、ざぶーん

 

解解(げげ)が浴室に消えて、お湯をかぶる音が聞こえてくる。

ふと、来来(くるき)は解解の言葉を理解した。

何かがはじけたのか、それは本人さえわからないのだが。

話をあしたまで先延ばしされたのは俺のふがいなさへの挑戦だと、

やっと言葉通りに理解した。そして気づいて言った。

 

「まずい、また引きこもりがこじれる」

 

解解は、世間がふがいないと感じるとひきこもりがこじれる。

そもそも職場の年下の上司をやりこめてから、

引きこもりが始まっているのだ。

今回はどうも俺が試されているらしい。

一方で世間から置き去り感を感じると、

ひきこもりが沈静化するところもあり、

来来は解解に本質的には絶望を感じてはいない。

うまくやり返せれば、世間への興味が強くなって、

仕事をもっと入れられるようになるかもしれない。

これは来来の希望というよりか妄想である。

ともあれ、このまま応えられずいると解解の引きこもりが悪化しかねない。

それはまずい。来来は朝夕通うのは勘弁ですよとため息をつくと、

まじめに宿題に取り組み始めた。

 

「まずい、また引きこもりがこじれる」

 

叫びに近い独り言。そのとき解解は洗髪前で

髪を梳いていて浴室は静かだった。

 

追いつめちゃったみたいね。

 

浴室にいるせいで、来来の声ははっきりとは聞こえていない。

がである。独り言ではあり得ない声の大きさが、

彼のテンパり具合を示している。

来来とのつきあいの長い解解にしてみれば

つまらない謎解きである。

 

つきあってるわけじゃないって。

 

内心誰かにいいわけする解解。

一人風呂は妄想の格好の舞台と

アルキメデスのころから決まっている。

何かがかけていて、発酵が進まないリンゴジュースのように、

不自然さを抱えながらも二人の関係は安定していた。

髪を洗いながら、にたにたして自嘲する。

 

慣れてしまえば何でもいいんじゃない、わたしも

 

以前解解は、来来に告白されたことがある。

中学三年卒業の日、遠い昔だよねと解解は思っている。

手紙を渡すと逃げてしまうといった貧弱なものではあったが、

確かにそれは告白だった。

解解は「ごめんなさい」を手紙で送ったが、

来来は未だに何もいわない。

 

湯船で指をくんで肩を引っ張るように伸びをする。

やっぱり、さわられたなく無いのだろうと解解は理解する。

理解していた。

 

来来(くるき)は考えを整理するために

チラシの裏に丸と四角を書いては中に文字を書き殴っていた。

解解(げげ)は来来のためにと、

わざわざ絵にまとめたつもりだったが、

来来にはやっぱりというかさっぱりわからなかったので、

キーワードを抜き出して書き直して理解しようと格闘している。

解解が好むアウトラインエディタを使った思考法は

来来は好きにはなれず、

考えをまとめるときはチラシの裏に書き殴るのが好みだ。

来来の仕事のやり方が社会人としてそれなりに経っても

あまり洗練されないのはそんなところに

原因があるのかもしれないが、

少なくとも来来は気にしていない。

 

来来の宿題は解解の示したキーワードを3つのグループに

グループ分けを終えるところまで進んでいた。

けど、本題である「破綻メールのおかしいところ」は

来来にはさっぱりわからないでいる。

 

グループ1 送信された破綻メール                カンケイ

グループ2 消した不倫メール                  カンケイ

グループ3 消えたシステム部長と曜さん     カンケイ

混ぜ返して結局残ったのは謎である。

 

どうでもいいんじゃない。そんな感想しか浮かばない。

解解は頭を抱えた。

 

やる気なさ過ぎなおれ。

唯一わかっているのが、問題が見えないから、

解き方もわからず、やる気もでないということ。

視点がシャープでない。見えていても見つけられない、

つまり目がトロいのだ。

 

 

つづく

 

 

【既刊再掲】「プログラマ探偵(PG.D)」【第1回】

プログラマ探偵(PG.D)」【第1回】

Day1【前編】

 

事務所の電話が鳴ったのは倫子がファンシーモンスターを切り伏せたと同時だった。

倫子(りんこ)は

「ちっ」

と思いながらも、一応仕事の時間なので電話をとる。

「はい、解解(げげ)です」

電話の主は来来(くるき)だった。

 

「ゲームしてたでしょう。メール読んでくださいよ、はやく、今すぐ」

「はい、はい」

 

倫子は正面のオンラインゲームを手早くログアウトすると、右の画面のメーラーの新着を確認する。一応スパムメールは振り分けているので未開封のメールは10件とたまってない。

 

「社内中に一斉に出されて大騒ぎになってるんですよ。急ぎなんでそのまま転送しました」

 

来来からの転送だけを見ればいい。言われるまでもなくその程度のことはもうやってある。それらしいのを開けるなり倫子が電話に返す。

 

「来来、一番物騒なやつか?」

 

画面には

 

Subject : Fwd : 破綻処理開始の連絡

 

といった一連のあらかじめ用意しておきましたといった文言が並ぶ。

 

「で、どうしたの。どうせ誰かがバグ出しただけでしょう」

「そうじゃないんです、絶対に何かが起きているんです。とにかく」

 

要領を得ない。倫子はいつもながらと思いながらげんなりとする。

 

「あっそう。じゃあ、箇条書きにでもしておくって。こっちはこっちで調べてみるから」

 

来来からの電話を切る倫子の頭上で時計が鐘を打つ。15時の鐘だ。左の画面を見ると、東証のティカーが止まっていた。

 

何度も長い髪をかき上げて何とか業務報告をメールソフトの時限送信リストに仕掛けると、倫子は台所へ作り置きの麦茶を取りに行った。これはいわば頭を切り替えるための儀式だ。彼女の日常へのこだわりらしいモノは彼女の生活にはこれくらいしか見あたらない。

 

最近ではさらに磨きがかかり、着の身着のまま、着るものはすべてしまむらの特売、食事は電子レンジで調理可能な食品しか口にしなくなっていた。そんな真っ当な引きこもりになってまず初めたのが、倫子自身のためにお茶を自分で入れることだった。職場へ行っていたときは何となくペットボトルのお茶を飲み、同じ職場の中国人がステンレスボトルにお茶を持ってくるのを物珍しく見ていた気がするが、立場が変わればなんとやらで、いまや倫子にとってお茶は自分でいれるのが当たり前になっていた。

 

最近倫子はしみじみ思う。いらついていたのは違和感だったんだ、どうすることも出来ないと思い詰めていた気持ちをふと思い出す。食事でたとえるなら、魚の骨ごと食べるのが当たり前だったのが、骨を取るようになって、変に感じる感覚だろうか。いや、父がししとうのへたを残したことへの違和感の方が的を得ているかな。今日のお茶は凍頂烏龍茶、通販して置いた買いだめお徳用100gだ。

 

「それいけ、熱湯」

 

倫子が沸騰したお湯をポットに注ぐ。なみなみと注ぐ。お茶のいれ方はいまだに機械的にしかできていないが、茶葉がいいせいだろう、違和感なく口に入れられるモノが出来る。倫子にとってはありがたいことだった。ガラスの急須にお茶が出始めたところでまた電話が鳴った。電話を取ると、来来だった。少しは落ち着きを取り戻しているようだった。

 

「システム管理部からのメールを見る限り、違和感はありますが、つじつまは合っているようです、メールを転送しておきます。」

 

来来としてはシステム管理部にがんばってもらって、バイトに専念する、そう決めたらしい。電話での声もいらつきは隠せていないが、言っていることは冷静そのもの、ごもっともである。残業不可の仕事を抱えて野次馬根性で動くのは、馬鹿っぽい探偵のやることだ。それがまっとうな社会人というもんだよね。でも、メールを投げてきたのは未練か。謎解きは年中無休かつ年中休暇中の引きこもりプログラマの好物って誰か言ったっけ。

 

空けたポットにお湯を注ぎお茶のおかわりを待ちながら部屋をうろうろとする。来来の話から今日のアルバイトは、いわゆる

 

「ゆるい」

 

仕事だと了解している。バイトというのはもちろん、破綻処理メールの件ではない。元々の依頼はシステム部部長個人の依頼で、これまでやり取りしていた個人的メールの削除、それも特定の社員とのやり取りを跡形なく消すことだ。お茶をマグカップに入れて机に戻り、メールにある会社名「K社」でWEB検索をかけてホームページをのぞいてみる。

 

「これか、これか、はやりのプライバシーマーク取得したのか」

 

最近は情報管理が厳しめの会社が増えていて、社内からyahooさえ見られない平社員からの依頼だとそれなりに下準備に時間がかかるのだが、何せ依頼主が管理者様直々なので楽勝街道まっしぐらだ。唯一の難点は、時間制限が厳しいこと。システム部部長が執務室引き払いに与えられた時間である午後1時から5時までの4時間でメール本体から、ログおよびバックアップの削除を行わなくてはいけない。痕跡は残せない。残せばなおさら疑われるからだ。まあ、ちょっとした仕事人気分だと来来は言っていたな。

 

来来のトラブルが不発に終わったようなので、仕事を切り上げて空けた時間で解解は書類の整理をすることにした。まずは要らない書類ファイリングから取り出し机に積み上げる。引きこもり故、書類は持ち込まれるばかりで減ることがないし、一応は仕事の時間で電話番はしなくてはいけないこともあった。机の書類をホチキスで止めているか、止めていないかでよりわけ、止められていないものは床にぶちまけ、ホチキス付きはホチキスを取り外してから床にぶちまけた。

 

「あーさっぱりするねえ、ものを捨てるって」

 

解解が来来を押し切って大型のディスプレイ3台そろえたのは、資料を画面に表示させっぱなしで作業できるようにすれば資料をいちいち印刷しなくても仕事になる環境を作りたかったのだけど。

 

「デジタルは怖いってみんな頭堅いよなあ」

 

解解のぼやきをよそに、企業向けの大型シュレッダーがうなりを上げて、終わった仕事の資料をみじんに砕いていく。昨今の個人情報保護の事故のあおりで、電子データの外出しを嫌う会社が増え、まわりまわって、SO-HOでの日課を増やすことになっているわけだ。ついでに来来が持ち込んだフリーペーパーや買ってこさせた雑誌をコンビニのビニール袋に放り込んで部屋から追い出す。買わせたものをさっさと捨てることが気になりつつ、それとしてと思いつつ、捨てるものの多さに解解は、

 

「これだから、お節介のわからずやは駄目・な・ん・だ」

 

とわめくと、雑誌の入った袋を廊下に投げつける。投げつけると、前髪をしごくようにいじりながら机での部屋の資料整理に戻る。そんな感じの繰り返し。唐突に激情して、普通に戻る。部屋にこもりっきりの解解にとって相手のいない八つ当たり。そんな感情のままごとが必要だったりする。解解にとって来来は雑誌に限らずいろいろと押しつけてくる存在、鎖国中の解解にとってのいわば黒船だ。慣れたつもりでも、

どうしてもいらだつのだ。彼の鈍い故の強さが。ポリ袋で2袋を仕事部屋から追い出したところでシュレッダー作業は終わり、お茶の三煎目をもって机に戻る。机の携帯に着信あり。来来からだ。メールではなかった。

 

来来からの着信。急ぎのなにかと、解解がさっそく電話してみると、

 

「先輩、不倫ですよ、いや、でした」

 

と、早口でまくし始めた。さらに続けて、

 

「メールの相手やっぱり女性でしたよ。曜(よう)さんて珍しいんだもの。社員名簿を探したら一発でしたけどね」

「二人専任の仕事なんか作ったかでっち上げたかして、毎日やり取りしてますね、いいなあ」

 

「お泊まりも堂々と経費だし。ってただの徹夜かなチェックイン3時だし」

 

来来のどうでもいい与太話にあいまいにあいづちをうちながら、解解は、いらだつ。

 

「先輩っていわないでっていってなかったけ。もう」

 

いくら伏せたってねえ、秘密にしたいメールって言ったらねえ。察しなさいよ。そうゆう事情込みの仕事なんだから素知らぬ顔しておきなさいと解解は思いつつ、

 

「何すっきりしているの。もう、終わったの?」

 

と突き放した。

 

「ええ、メールをフラッシュメモリーにコピーしたら後は片付けだけです」

 

「そう、よかった」

 

トラブルに巻き込まれずに終わりそうで何より。いや、これでも気にしてたんだなと気づいて、いらいらの原因に腑に落ちた解解は、大きなため息をついた。すっきりした解解が電話を切ろうとすると、解解の安堵を聞きつけたのか、来来が今晩のごはんはと聞いてきた。

 

「もうそんな時間か、めんどいけど、なんかたべたいなあ。なんか買ってきてくれるかなあ」

 

きょうは動いたのでお茶のがぶのみじゃ寝れそうにない。

 

「来来、弁当でいいよ。中華弁当が気分かな、杏仁豆腐は必須ということで。じゃよろしく」

 

来来が反論もするまもなく電話は切れた。

 

「うーん、今日はオリジンかなあ、金あるし」

 

来来が壁を見上げて時計をみると終業まで30分を切ろうとしていた。

 

「やられた。エロぼけ部長め、残業代ふんだっくてやるからな。」

 

来来はあわてていた。部長から預かっていたフラッシュメモリーをPCに接続したところ、セキュリティ違反であること、サーバーに記録される旨の警告メッセージが出たのだ。

 

「ログアウトしてなくて、助かったあ。危ない橋を渡るときは、安全第一ってな。」

 

自画自賛する来来。踏ん切りの悪さと紙一重だけどなとつっこむのとセットだが。不都合なメールの痕跡を消すためのアカウントで、メールと同じように痕跡を消すことに問題ないことを確認すると来来はメールのコピーを始める。

 

「おい、でかいな。終わんのかよ、サーバー重いしだめか、こりゃ」

 

進行画面が変わらないことにぼやきを加速させる来来。メールのコピー自体は時間内に終わるとしても、コピー完了を待てるほどフラッシュメモリー使用の記録を消す時間はないので、平行して作業を行う。その後はとにかく時間との戦いになった。

 

5時まで10分前、コピー終了、

5時まで6分前、サーバーの書き換え、メールの削除完了、

5時まで2分前、PCの片づけ、

5時の時報と同時に、部長室を抜ける、

退社の渋滞に巻き込まれたが、

そつなくすり抜ける。

社屋前の大通りから少し裏道に入る来来。

 

待ち合わせ先のルノワールに落ち着いたのは、

5時8分になってからだった。

 

来来が喫茶店のアイスティーで一息ついている頃、解解は台所で、茶器やらヤカンやらを洗っていた。解解がひきこもりといっても、一人暮らしであることに変わりなく、それなりに家事もする。共同生活以外ならたいていのことは出来ると思っているのが、非常に危なっかしいと来来によく言われる台詞を解解はつぶやいていた。

 

「一回競りまけたぐらいで逃だして、結局、おやまの大将なんだろ」

 

洗い物を終え、タオルをもとどおりにかけなおす。水をいれたヤカンをコンロにかける。火はつけない、室温で水を温める、テレビでやっていた節約術だ。

 

「だからなんだ」

 

火がついたように解解は一人わめき立てる。

 

「来来を立てている。実力以上に見栄えがするとうぬぼれる、来来を立てている。それでいいんだろ。昔のことをしつこい。変に上に立とうとする、男の悪いところだ。いや、来来だけか?さあてな」

 

独りぼっちはろくなことを考えないものだ。

 

来来からのメールに気づいたのは、5時20分を回った頃。文面は

 

仕事完了、

文句がないならオリジンの

ナスの味噌いため弁当を買っていく

 

とのこと。別に解解に文句はなかった。けど、PSの部分に違和感を感じた。しばらく固まっていた解解は唐突に、紙片に何かを書き始めた。

 

オリジンのナス炒め弁当とエースコックのスープ春雨をハラに納めてしばらく後、来来は解解に、

 

「曜さんってどんな人だった?」

 

と聞かれたので、

 

「いかにもおじさん受けしそうだったけどなにか」

 

と答えると

 

「そう、なら問題ないわ。ちょっと気になったから」

 

解解の素っ気なさに、何か物足りなく、来来は聞いた理由を聞きたかったが、解解が台所へ立ったために、結局聞きそびれた。ゴミを片づけてから、食後のココアのためにコンロに火を入れてテーブルに戻ってきた解解が話を切り出した。

 

つづく

新作と文学フリマ大阪出展のお知らせ

ほぼ定例化している文学フリマ向け作品として、「ゴーレムの名産地」完成しました。
前シリーズ執筆で真面目成分を枯渇しているので、かなりふざけた短編です。
いちいち「高知の~」で調べるといちいちこねたがみつかるそんな作品です。
当面は、まぐまぐ!で配信中のメールマガジンA Normal Life,,, (9月2日配信)と

文学フリマ大阪での頒布のみの予定です。(立ち読み歓迎です)


来る9月9日日曜日、文学フリマ大阪に出ます。詳細は公式サイト(https://bunfree.net/event/osaka06/)でどうぞ。
品揃えは、既刊と「ゴーレムの名産地」A5簡易版の予定です。
会場が変更されています。(大阪市OMMビルです)ご注意ください。

新刊出ます。(電子書籍・文学フリマ東京版)

電子書籍発行と文学フリマ東京出展のおしらせです。

1、電子書籍発行のおしらせ
   今月のメールマガジンで完結の

   「graviner's (グラヴィナーズ)」を

   電子書籍版で出します。
   すでに購入可能となっております。
   プラットホームはアマゾンKDPと、

   Google Play ブックスになります。

 

   ●アマゾンKindle

    amazon.co.jp/dp/B07CJW7KWT/…

   ●GooglePlay books 版

    play.google.com/store/books/de…
   

   価格はどちらでも300円です。 
   なおタイトルについては
   「グラヴィナーズ 儀式戦闘

    (greviner's initiation struggle)」
   と改題しています。

   スマホのお供にどうかご検討ください。

2、文学フリマ東京出展のおしらせ
   今年も出展します。今月で完結となった

  「graviner's (グラヴィナーズ)」を

   引っさげてTRCに参上です。
   詳細は文学フリマのWebカタログ

   ( https://c.bunfree.net/ )を

   ご覧ください。
   なお、「グラヴィナーズ」はA5簡易製本版を、

   上巻200円、下巻300円で出します。

以上

文学フリマ大阪でまま行く堺市産業振興センターランチガイド

(2018年開催からOMMビル https://www.omm.co.jp/に変更とのことです。間が悪い記事…)

個人的には文学フリマ大阪でお世話になっている、

堺市産業振興センターは、大阪の堺市に有ります。

www.sakai-ipc.jp

出展参加者として一日いることが多いので、

覚え書きとして、ランチガイド的なメモを。

 

堺市産業振興センター

・GORYOじばしん店

 館内の喫茶店。定食にも力を入れているようす。

 (なんだかんだで入った事無し)

堺市産業振興センター最寄り

デニーズ中百舌鳥店

 フツーにファミレス。打ち上げで利用。

 スーパーのライフ、セブンイレブンが隣接しているので、

 買い出しにも便利。

・ウエルシア堺中百舌鳥店

 最近出来たらしい。いわゆるドラッグストア。 

最寄り駅周辺(高野線中百舌鳥駅御堂筋線なかもず駅)

・ヴィドフランス中百舌鳥

 ベーカリーカフェ(入った事無し)

ドトールコーヒーなかもず駅前店

 カフェ(入った事無し)

実は必ず寄っている

ダイコクドラッグなかもず駅前店

 

漏れがあるかもしれませんが、悪しからず。

以上

 

2017-06-24 既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【第5回】(終)

「最後の観客(Last Audience)」【5回目】(終)

 

フィアが何か二の句を告げようとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。

 

「晩飯、用意したぞ一緒にどうだ、みんな待ってるぞ」

会長が来た。

「はい、行きます。でも、いいのですか行って」

「なんでだ、つまらんこと言うなあ」

「いえ、なんとなく避けられているのは分かっていますから」

 

と答えると会長は笑った。おれが、何がおかしいのですかと怒鳴ると、

「相変わらずバカ正直だなあ」

また笑った。ドングリをポケットに戻して、ドアを開けると向かいの壁に両手をつけて笑っていた会長が、俺に向き直った。正装している。

「なれなれしかったか。いや俺も馬鹿だよ、他人行儀に扱うと決めたのにな」

少し目元が潤んでいる気がした。改まってたたずまいを直すと、会長は包みを差し出し、

「という事で正装してくれ。正式な晩餐会だぞ。人を待たせているからなぱっぱと着替えてこい」

俺はそそくさと正装に着替え、会長とともに宴席へ向かった。会場で席に着くと、俺を見ようという事だろう、数人ごとに近寄ってきては、俺の姿を認めると元の騒ぎに戻っていった。話しかけてくるやつはいなかった。見知った顔は、特には思い当たらない。街を離れた十年前ごろの記憶は母の事件以降はしばらく曖昧なままになっている。仕方ないかな。

正式な晩餐会だけあって、出された料理はさすがに豪華だ。鳥に魚に見た事の無い獣の肉。果実にお菓子に甘いお茶。どうやったら出来るのか思いもつかない細工料理。見てくれが悪くてやせ細った庭先菜園の野菜やしかけで取った鳥とは違って柔らかい。酒は出たが、飲んで気分が悪くなった事があるので、こっそりと捨てた。特に面白いことは起きなかった。一緒のテーブルで同じものが食べられたのだから会長を信じてきてよかったと思えた。

晩餐会はまだまだ続きそうだったが、料理が終わった頃を見計らって気分が悪くなったと言って部屋に引き上げて、さっさと服を脱いで、持ってきてもらったお湯とタオルで汗を拭った。用意された寝間着を着てベッドに横になった。なんか忘れている気がしたが、思い出せないものは仕方ないと思い、明かりを消す。そういえば、悪ガキ三人はどうしているだろうかとは思ったが、特に不安は感じなかった。程なくして眠りについた。ドングリからフィアの声について思い出したのは、朝、洗濯された服を渡されたときだった。


*****

 

朝、洗濯された服を渡された服にはドングリは無かった。おおかたゴミとして捨てられたのだろう。フィアの言いたかった事より、もうあの声が聞けない事が少し残念だった。朝飯は部屋に届けられたパンとスープとベーコンエッグをさっさと腹におさめる。

朝飯を持ってきた人に魔法機械との対決は、何時からかと聞いたら、時間が来たら呼びにくるとだけ言ってさっさと行ってしまった。薄情な事だ。と思ったら、ドアがノックされた。ドアを開けてみるが廊下には誰もいない。部屋に戻ってみると手紙が落ちている。開けてみると、フィアからの手紙だった。早速、読んでみた。

これから書く事をすぐ信じてもらうのは無理かもしれませんが、ちゃんと読んでください。あなたの母上が死んだのはヨガリ会長が魔法機械に組み込んだ同族殺しの毒のせいです。あなたが魔法機械に触ったことで発生した同族殺しの毒を吹き飛ばすためにあなたの母上は無理に術を放ち、命を落としたのです。そして、ヨガリはあなたを利用しようとしています。魔法使いと魔法機械全てをこの世から消し去るための道具として。

なぜそんな事をヨガリが考えたかは知りませんが、あなたは街に入れないのに子ども三人は街に招き入れたこと、事態は既に手遅れになりかかっています。街は長年の魔法実験の影響で、制御されていない魔法力を受けては突発的爆発、区画の消滅を繰り返し、十年前からは大人は魔法を捨て、子どもを街から追放したのは知っての通りです。

その一方で魔法機械は作られる。明らかに矛盾しています。今なら大丈夫というのは確実に会長の嘘です。母が言う事です、信じてください。今すぐ、三つの封筒を開いてください。そして実行してください。誰かが来る前に。

キノコ姫より。

 

しばらく呆然としていたらしい。激しくドアがノックされている事に気づいた。

「食器、いいですか」

食器を下げられると廊下が騒がしくなってきた。一人なのもそう長くないらしい。俺は机に向かった。封筒の中身を暗記するためだ。封筒から出てきたのは三つの警句だった。意味は分かったような分からないような感じではあったが、ひたすら唱えた

「毒の皿、知らぬは仏のみならず」
「芽を摘む事なかれ、されど芽を摘む手に罪はなき」
「緑の大地に人はあり、人無き地それは荒れ地なり」

それは、使いの男達に肩をつかまれて部屋に別れを告げるまで続いた。

事前の説明では、優劣は判定するのでとどめは必要ないとは言われたが、観客はそうは思ってないらしかった。急作りのひな壇に座った見物客の半分は覆面か、顔を隠す仮装をしている。声は明るいが表情には陰が見て取れた。残酷を予期して身がこわばり血が沸くのだろう。これまでの理想に殉じようとした俺の美学が非常にむなしくなった。あくまでも魔法機械の実力を証明するための模擬戦のはずが、俺を生け贄に自分たちは自由になるための祭典かなんかと思っているらしい。街に戻るまで俺もそう思っていたさ、ああ、くやしい。

模擬戦は時間制限なし、場外無しの一本勝負。用意の旗が掲げられた。入れ墨に手を当て、手を地に当てる。俺の読みが当たれば、この勝負は残酷なまでにすぐ終わる。先生、ごめんなさい、そして、ありがとう。


*****

 

魔法機械はいわば魔法のかかった鎧だ。直接の攻撃を恐れる術者心理を知るラオなら突っ込んでくる。かつ、先生のヒントがさす事実が思った通りの事であれば、とにかく一心に殴り掛かってくるに違いない。なら、こちらは受けて立つだけでいい。ラオが動く前に術を発動させる。

「我、岩壁」

これでしばらくはいくらぶつかってこられても、問題ない。旗が振り降ろされる。ラオはふわりと浮かぶと音も無く突っ込んできた。身構えたが、横をすり抜け、後ろへ飛び去る。後ろに向き直って身構えたが、また横をすり抜け、後ろへ飛び去る。ぱさっと何かが落ちたと思ったら腰の帯が切られて落ちていた。

「参ったなあ、おまえの裸踊りなんか見たくないぞ」

どよめくひな壇。俺は切れた腰帯を結んで腰に巻き直す。

「待ちやがれ」

そっちが来ないならこっちから捕まえるまでだ。

「風、衣」

以前使った移動のための術ではない。これは体術との合せ技で空中舞踊のための術。移動には向かない術だが、ラオを捕まえるにはこれで十分だ。地面を蹴って飛び上がる俺。

ラオにつかみかかるが、及ばず、返り討ちにとばかりに火炎を浴びせかけてきた。

風をまとった俺に火を浴びせる、全く正解だ。揺るぎない判断力の上になんでもありの鎧。ちょっと甘く考えていたようだ。

返す足で逃げる俺。ラオが上から火炎を投げつけてくるが、こちらの体一つの身軽さが勝り当てる事が出来ない。

とはいえ上に行けないのでは、動けなくなるのも時間の問題だ。俺は風の衣を解くと、

上空に手をかざし詠唱した

「龍、逆鱗」

俺はついていたらしい、すぐさま雨が降ってきた。続けざまに詠唱する。

「泥蛙、舌鞭(ドロガエル、ゼツタイ)」

泥で出来た無数の鞭がラオに迫る。

思いがけなかったのだろう、ラオは姿勢を崩し、崩しつつも、俺の術が及んでいないひな壇の前に降り立った。

これで振り出しかなと思ったその矢先、街の塔の窓が光った気がした。よく見てみると、ヨガリ会長がナイフを高く振りかざしてこちらを見ている。

めちゃくちゃ笑っている。会長がおかしいとさらに見ると、会長の足下にはレンが、へたり込んでいるのが見えた。

ヨガリ会長が俺を脅している、街をまた壊すぞと。

俺が真面目に戦っているからか?俺を捨てた街だからといって俺は街を見捨てる気はない。

それに、ヨガリ会長の道具にするために連れていんじゃ無いぞ、レン、ケン、ラルーは。追い出されてもこの街を嫌いになってほしくないと思ったのは間違いだったのか、いや、ヨガリがおかしいのだ。絶対。

俺は再び風をまとい、街へ飛んだ。塔に近づくと、レンだけでなく、ケン、ラルーも、街にある3つの塔にとらわれていた。

それぞれ会長と会長の手下がいる。俺は会長とレンがいる手前の塔に降り立った。

「ヨガリ会長、子どもを怖がらせて何なのですか」

俺は怒鳴った、ヨガリは耳を塞ぐ仕草をして、仕草で抗議しながら、

「おまえが役割をこなさいないから、この子達に代わりをお願いしようと思ってね」
「真面目に殺し合っているのが不満なのですか、決着はまだじゃないですか」

ヨガリは首を振った。

「いや、圧倒的に強くなくてはいけないのにラオ君は君に手こずってるし、何よりお前は楽しそうだ、それじゃ駄目なんだ」

俺は耳を疑った、はあ、あの状況が?

「何が駄目なのですか」
「かわいそうな魔術師を救う魔法機械でなくちゃいけないのだよ」

そう会長は言い捨てると、ははと笑った。

「それに、仕込んだ毒の事がばれている以上、ラオは勝てない」

力なく言うと息を吸い込み直しナイフを振り上げる。俺が会長とレンとの間に割って入る。

「俺たちに隠し事ばかりして、もっと俺たちを信じてくれていいじゃないですか、俺も、ラオも歯を食いしばって待っていたのですよ、会長の理想に死ねるならそれでいいって。いまさら、俺たちを見守ってられないって、全てをブチ壊そうとするんですか」

きょとんとする会長、

「何言っているのだ、馬鹿者。魔術者が自由になる代わりに、誰もが魔術師並みに力を得たらどうなる。それこそ世界のおわりだよ。軍に組み込まれて殺すしか能のない魔術師は世界から消えるべきなのだよ」
「じゃあなんで魔法機械なんか」
「自殺の道具さ。ためらって生き残リが出ないように容赦なく死ぬために」

そういうと俺を突き飛ばし、レンにナイフを突き刺したように見えた。見えたが、会長は吹き飛ばされて、下に落ちていった。何も感じなかった。心の火が消えたかのように何も感じなかった。俺はレンに駆け寄った。レンは無傷だった。

「こわかったよ」それだけいうとレンは俺に抱きつく。こんなに強い子だったけ?

続けてケンに襲いかかる男を吹き飛ばし、ラルーの首に手をかけた女の後頭部を殴りつけて、取り返して一息ついたそのとき、いきなり街が火の海になった。上を見上げるとラオがいた。

「ヤン、なんてことをしたのだ、危うく死にそうだったのだぞ、会長は」

 

背中にヨガリ会長を背負っている。こちらをにらみながら、手からは炎を放ち街中にばらまいている。

「どうしたのだ、ラオ」
「あーあ助けてもらったけど毒にやられちゃったなあ、俺もラオのやつも」
背中の会長も変だった。さっきまでの激しさが無くなり、ぼやくばかりでこちらを見ようとはしない。

「こわいよ、ファン」

子ども達がおびえている。さっきよりもおびえている。毒というのは心を壊す毒だったのだと合点した。俺はラオ達に背を向け、子ども達の前にしゃがみ、笑ってみせた。

「どんぐり、持っているよな」

ドングリを出させると、ドングリを握り込んだ状態で手をつないでから、俺は詠唱を始めた。

「神農、芽生え(めばえ)よ」

街がまき散らされる炎に満たされていく様に子ども達はおびえて騒いだが、お前らも唱えるのだ、と俺はガキ達を怒鳴りつけておとなしくさせると、再び唱え、子どもがそれに続けた。

「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「もう一度」
「はい」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「もう一度」
「はい」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「神農よ、大地の息吹をめばえさせたまえ」
「今だ、投げろ」

腕がちぎれんばかりに腕を振りほどきドングリを投げた。腕をほどくとすぐさま俺は空に手をかざし詠唱した

「龍、逆鱗」

この街がおかしくなったのは、魔力が吸い取られるという理由で緑が無くなったから。先生の警句は山での経験に裏打ちされる事で俺の実感になった。ドングリを持たせた園長先生も同じ事を考えていたに違いない。炎を放ち続けたラオが力つきて落ちる時には既に、雨と四人でかけた術の力でドングリは大樹となっており、ラオとヨガリ会長を優しく受け止めた。狂気を受け流すように世界は会長に優しかったが、俺には会長の元に駆け寄る事は出来なかった。

結局ヨガリ会長は助からなかった。ラオの上にいて毒を浴び続けたためという話だった。俺は会長を見殺しにした責任を取り魔術協会から追放されるまま街を出た。ほどなくして魔法協会は会長の一件で反乱組織として、解体された。会長が消し去ったはずの魔法機械は、発動機として生き残った。車に積んであった魔法機械を潰す算段を会長はうっかり忘れていたようだ。

そのおかげで車が一気に普及し、俺は街の名が通じない港町ですぐに乗り合い車の運転手になる事が出来た。みんなで職無しになる前に”失業した”おかげで、と思えば会長には最後まで世話になってしまったと苦笑いするしかない。

さあ、言い訳はこれくらいにして運転に集中しよう。道ばたに手を挙げている人が見えたので、車を路肩に寄せて停めた。

あれ、見たような赤ずきんだけど、まさかな…

既刊再掲「最後の観客(Last Audience)」【第4回】

「最後の観客(Last Audience)」【4回目】

 会長はあご髭をなでている。傘もささずに気難しそうな顔をしていた。ちょっと怖かったが、こっちに気づくと、にこっとしてみせる。出て行く前から想像してはいたが、辺りの木は燃えてしまっていた。この状況を見てなお笑ってみせる会長はいや、やっぱり怖い。

「待ちきれなくて来てしまったよ、本当に世話のかかる子だねキミは」

会長が手を伸ばして来て、フィアを受け取ろうとしたが、俺は無視した。

「おや、生意気にも保護者気取りですか。いいのですよ。キミがいいなら。気も立っているようだし。車をまわすから」

俺は黙っていた。というかあっけにとられる展開で言葉もない。

「あと、子どもたちはもう街に送ったよ。一人残らずね。この山は閉鎖したはずなのだけどね、あと、遅れは遅れでなんとかしたから、とりあえずは大丈夫。問題ないから」
「トリエナス先生は残念な事をした。いろいろあってね。本当に残念。車来たから中で話そうか」

乗って来た車よりいくぶんきれいだが地味な車が下から来て、会長の横につく。会長が観音開きのドアを開いたので、フィアを抱え、倒れ込むように車に乗り込んだ。会長は助手席に乗り込む。車は静かに発進した。あっというまに車が峠を越えた。全てがおざなりのままに、俺達は峠を越えた。十年ぶりかの街が小さく見える。峠を越えるまでは今も街はあるのか自信がなかったが、とりあえずまだそこに街はあった。山を下って行く。この辺りに関しては何も覚えていないが、何の事はない林道のようだ。上りに比べると倍は広い道だが、それだけの事に見える。しばらく行くと、車は川沿いに出ていた。気づくと、会長と運転手が、帰ってからの段取りを話し込んでいる。腿の上に頭をのせていたフィアがもそもそと体をよじっている。起きたのかと聞くと、前部座席をみつめたまま、

「いや、まだいい。それよりこれ落ちていた」

と差し出してきたのは先生の日記と手紙だ。

「あれ、落としていたっけなあ。まあ、いっか」

俺が改めて日記を仕舞うと今度は

 

「どの辺りを走っているかわかるか」

と聞いて来た。俺は見たままに

「川沿いの道を川下に下っているようだが、どの辺りかは見当つかない」

そうと答えるとフィアは、

「ヘックショーン、へっく」

とわざとらしいくしゃみ。そして、起きましたかと言って振り向いた会長に、起き上がったフィアは言い放った。

「ママ死んでいるなんてことないでしょうね」


*****

 

会長はうなずくと、運転手に耳打ちをした。車が止められ、会長は俺とフィアを川辺へ誘った。

「さて、何から話したらいいのか」

たいそうなことだ。さっきははぐらかしといて、今度はおおげさに、車を止めて雰囲気を出して
なにを言い出すのやらだね。

「実は、トリエナスさんは、ヤン君を街に呼び寄せる事に反対していました」
「だから、なにか」

フィアはいらだつが、かまう事無く会長は続ける。

「ええ、我々は彼女の説得を試みました。あと少しで”魔術師の解放”が叶うのに、今のままでいいと言い張るのです。そうそう、証を立てるのがヤン君というのも気に入らないとも言っていましたね。さんざんやりあいましたが、埒があかず、結局我々は彼女の声を無視する事にしました。街に住むものの99.9%が賛成する事をやめる事はそうそう出来ませんからね。でも、それがかえってよくなかったようです。どのようないきさつかはわかりませんが、消したはずの入れ墨を入れ直してしまい、その入れ墨が暴走したようです」
「それで、どうなの」

フィアはうつむいたまま言った。

「たぶんですね、ヤン君を説得する気は無かったのでしょうね。とりあえず先ほど試した限りでは、彼女の術は自分はもちろん相手がどうなろうと術を止める事は出来ないものらしく、止める事は出来ませんでした」

まどろっこしさにたまらなくなってフィアは会長につかみかかる。かかるが、喉元には手が届かない。

「だから、ママはどうなったってきいてるのよっ」
「で、結局は、彼女には”プネ”で療養してもらう事にしました。あそこなら周りに何もありませんし、人の出入りも少ないですし」
「それで元に戻るのか、どうなのだ」
「わかりません」

会長は首を振る。今にして思えば、放っておくべきだったかもしれない。けど、黙っていられなくなって俺は、突き放すように言った。

「倒れても仕方ないのじゃないか、先生が追いつめられたかどうかは別にして、無茶をしたんだから、な、それに、あそこなら安心だ。俺の家みたいなものだからな」

「そう。で、会長さん、言いたかったのはそれだけか?」

「ええ、そうです。あと、街の方もいろいろありまして、こちらとしてはあなたに車を用意する事が出来ません。ですから、母上に付き添いたいというのであればそろそろ潮時、街境につく前に飛んでいかれたほうがよろしいのではということです」
「そう。了解。そうするわ。さっさといえばいいのに」

フィアは会長をつかんでいた手を離すと俺の方にすたすたと歩いてきて、胸ぐらをつかんで思いっきり引っ張って来た。不意をつかれてうつ伏せに倒れる俺を踏みつけてフィアは

「あんたには失望した。人の気も知らないで。あんたなんか会長に舐め殺されちゃえばいいのよ。会長のフンめ、礼はあとでまたな」

と叫んだあとに、

「死んじゃ駄目だよ」

そっと小声で言うと、そのまま

「たつまき、かえる」

と詠唱して、あっという間に来た方向へ飛んでいった。起き上がろうと体を起こそうとすると会長が駆け寄って来て手を取って起こしてくれた。

「急ぎましょう。みんな待っていますよ」

そうだ、街は俺を待っているのだ。十年来の約束が俺を待っている。気分が高まってくるのが感じられた。


*****

 

会長の注文で連れて来た子ども達、レン、ケン、ラルーとは、街境の検問所で合流できた。

「大丈夫だったか」

ラオがいた。耳を押さえるそぶりをしながら苦笑いしている。

「おまえこそ大丈夫だったか。ヤン・ファン。こいつらは耳にこたえるな」
「もう戻っていたのか」

と言ってから気づく。山でだいぶ油を売っていたのだっけ。

「俺たちをむかえにきていたのか、ご苦労様でした、てところか」

とちょっとおどけてみせる。

「おうよ、街に戻ったらまだ着いていないっていうから、びっくりしたよ」
「まあ、いろいろあったのさ。それで会長は?」
「ああ、明日の準備に戻ったよ。そもそも会長には、君たちの出迎えになんか本当は出る暇なんてなかったのだ。でも、わたし位しか安心させる事は出来ないだろうって、無理を通したのだ。全く、おまえ、何もわかってないのだから」

「じゃあ、トリエナス先生の事はなんなのだ。それはひどい事になっていたんだよ先生のせいで山は」

ラオは言い返しては来なかった。しばし二人して沈黙。ラオの態度からは、ただ押し殺しているという事しか見て取れず、子ども達にも気まずさが伝わったらしくソワソワし始めた。仕方ないな。といった感じで首を振りながら、ラオがこれからの事を話した。俺が明日、街が作った魔法機械と戦う事、レン、ケン、ラルーはそれを見届ける証人としてこれから俺とは別行動になる事、そして

「お前の相手は俺がする。これでも、街最強の使い手なのだぜ」

 

と言って笑いながら力こぶを作ってみせる。すると子ども達が腕に群がってきた。

「俺は、お前を倒す最後の機会を得て、本当にうれしいのだ。 でも、お前には同情もしているのだ。身内に倒されるなんてな。こちらからすれば”やられ役”の君なのだけど、きっちり倒したいし、一方的に相手の手のうち知っているのはいくら何でも不公平だよな。ちょっと見せてやるよ俺の空かける美脚を」

そういうと検問所から少し離れた城壁の左側の駐車場に連れて来た。整然と止められた車と一緒に停められている引き車に近づくと、荷台の布を取り外した。荷台には鎧らしき金属の人形があった。城によく飾ってある感じで、きれいに磨かれている。

「どうだ、かっこいいだろう」

ラオは、自慢してみせる。俺が鎧なのか魔法機械ってのはと聞くと、

「使い手によるけど、何も考えなくても扱える鎧にするやつは結構多いよ」

 

屈託なく子ども達は早速鎧に駆け寄って、べたべた触っている。

「すべすべして気持ちいーよ」

ラルーがぜひとも触れと手を振っている。子ども達は目にしている魔法機械のために街から追い出されたことを知らされるはずも無いからな。俺は笑顔で手を振り返すが、身動き出来なかった。誰のせいでもない。俺の記憶が全身を縛り付ける。大丈夫かというラオの問いに、大丈夫としか言えなかった。


*****


 対決する魔法機械を見て身がすくむという、敵役としては非常にまずいところを見られて、向こうにとってもまずいことなのは言うまでもなく、結果大事を取らされて俺は晩飯もまだのうちに部屋に押し込まれてしまった。飾り気が全くない殺風景な部屋だ。ベッドと机と椅子が一つずつあるだけ。出入り口には番人のおまけ付き。こんなときは寝てしまおう。ベッドに横になった。

疲れているはずだが、いろいろあったおかげでかえって目が冴えてしまって寝られそうにないおまけに外は昼まで、明日の準備なのだろうか、まだまだ騒がしい。落ち着きたいときに限ってこういうことになる。窓からのぞいてみると柱を組み合わせて、板をはわせている。足場を組んでいるようだ。いや、はわせる板が階段状にずらされている。ははあ、明日の見せ物の特等席作りという訳か。それにしても、遠慮というのがない。杭を打ち込む音に始まり、どうでもいいことでの怒鳴り合い。まったく。昔は…覚えていないが年を取るのが嫌になる感じだ。

なにか耳栓になるものは無いかとまさぐってみると、ドングリがでてきた。耳栓代わりに耳に詰める。それなりに騒がしいのはましになったが、やはり寝られそうにも無いやはり思わずにはいられない。会長に命を救われたときから戦争の道具としてのみ生かされてきた魔術使いの解放のために命を懸けると、約束したこととはとはいえ、魔法機械と戦って(おそらく)死なくてはいけない。もちろん怖い。さらには、勝ちたい振りをしながら死のうと頑張るのは気が重い。

会長に救われた命とはいえ、むちゃくちゃだなあ、全く。ああ、退屈で狂いそうだ。俺は、退屈に負けて先生の日記を改めて読む事にした。日当たりが悪いのでランプを点ける。ランプの火が燃え移るのが怖いので、机で読む事にした。

最初に書かれていたのは魔術事故で生き残った少年の話。少年の父親は戦死しており、母もこの事故で命を落としている。調査全権が現会長に握られていて、一魔術師である先生は少年に近づけないこと。この少年って俺の事か?この生い立ちからするとそんな気もする。しばらく読んでいくと、その後、少年と学校で対面したが、事故に関して何も聞けなかった事が記してある。なんでそんなに話をしたいのだろうか。この日の事は覚えている。この少年は俺だ。これは覚えている。

戦場に行っている会長に出す手紙の書き方をトリエナス先生に習いにいった時の事。あのころ俺は、会長なら全てわかってくれると思い込んでいて、あった事を何でも書こうとして文章にならず、困って相談した。あの時しきりに、魔法機械に触ったかとしきりに聞かれてうんざりしたっけ。確か

「触ったが、だから爆発が起きたという事は無かった」

と答えたように思う。言われてみれば爆発は母がうずくまったあとに起きた。先生に指摘されてそうだと答えていた気がする。その日の日記には

「会長はまたやるかもしれない。そのときに備えなくてはいけなくなるのかもしれない」

この書きぶりだと既にこの頃から会長に不信感を疑っていたのだ。ちょっと謎が解けたし、いい具合に頭が疲れてきたようだ。日記をおいて俺はベッドに再び横になった。

オーイ

耳鳴りがする。ドングリをとってまた着けてみる。ヤン、ヤン、ヤンやーいん?声か?聞こえているなら返事しろーヤン、ヤンうるさいな聞こえてるよしゃべってるの誰だ

「フィアです。ゲロまみれの」

 

返事が返ってきた。本当にどこかからの声らしい。よーくわかったよ。で、なんか用か?

「ああ、間に合った。ほんと良かった」

なにが

「仲直り出来て」

唐突にかつ、勝手なことを言うやつだ、全く。